第28話
「近くまで来たので挨拶にと思ったのですが……失礼ながら、あまりうまくいってらっしゃらないようですね。
よろしければご助言差し上げても?」
挨拶が終わるなり、フェイフェイは周囲を見渡してから侮蔑をたくみに覆い隠しつつ笑みを浮かべた。
余人ならば苛立ちを覚えるところだが、そこはクーデルスである。
演技ではない満面の笑みを浮かべ、フェイフェイを戸惑わせた。
「いえいえ、それには及びません。
実はこれも計算のうちでしてね。 ここからうまくやる方法があるのですよ」
――本当に?
嘘をついているようには全く見えないが、フェイフェイにはそのような方法はまったく思いつかない。
その事実がクーデルスとの実力の差のように思えて、彼のプライドに大きな傷をつけた。
「ほう? ずいぶんと自信がおありのようですね。
どのようにされるのか、お伺いしても?」
そんな方法などあるはずが無い。
言外にそう言いたげな雰囲気を漂わせながら、フェイフェイは彼らしからぬ疑問を口にする。
激情のあまり皹割れた偽りの笑顔の隙間から覗くのは、嫉妬と言う名の悪意。
そのむき出しになった感情の欠片を涼しげにながめながら、クーデルスは自信たっぷりに笑った。
「ふふふ、それを聞くのはマナー違反ですよ。
心配しなくとも、すぐにお分かりになます」
クーデルスが胡散臭さと爽やかさを同時にかもし出すという離れ業を披露すると、流石に笑顔の仮面を被るのも限界だったのだろう。
フェイフェイはギリッと奥歯からきしむ音を響かせると、この偵察を切り上げることにした。
「ほう? では楽しみにしながら見物させていただきましょう。
では、これにて」
やがてフェイフェイの姿が見えなくなると、彼の後姿を見送っていたクーデルスが、軽く右手で髪をかき上げてボソリと呟く。
「……やれやれ、かわいらしいことをされるお方ですねぇ。
私の手口を探ろうだなんて、少なくとも二百年は早いです」
のどの奥でクックッと笑いながら、クーデルスはその怜悧な素顔に暗い喜びを滲ませた。
「きっと今頃は、……どんな手段を使ってでも私の邪魔をしようと考えている頃でしょう。
うふふ、手ごたえがなさそうで退屈ですが、人間ともたまには遊んで差し上げますか」
まるで仕事の合間に猫とじゃれ合うような言い草である。
そんな余裕を漂わせながら、クーデルスは屋台についている唯一のドアを押し開けた。
そして魔帝国の南部でもさらに一部でしか使われていない、恐ろしくマイナーなローパー族の言葉で奥へと語りかける。
「フラクタ君、私は出かけてきますよ。
後の事はお願いしますね?
え? 忙しいから手伝え?
嫌ですねぇ、私に手伝えることなんて何もないでしょ。
お茶を淹れるのは君のほうが上手だし、君はいくらでも手を生み出せるし。
この程度の仕事、文字通り片手間で……痛いっ!? 殴ること無いじゃないですか。
ちょっとした冗談ですよぉ。
欲の突っ張った人間がこの私に遊んでほしいそうなので、ちょっと情報を撹乱してからかって差し上げようと思いましてね。
……はい、本命の情報収集はドワーフさんに頼んであります。
ですが、本番の交渉だけは私がやるしか無いでしょうね。
スピードの勝負になるでしょうから、骨が折れそうです。
え? やだなぁ、サボリじゃないですよ?
私はちゃんと囮としての仕事をするんです。
え? ナンパ禁止!? それぐらい大目に見て……痛いっ!?
貴方、いま本気で殴りましたね!? 私、これでも貴方の上司です……痛いっ!!
わかりましたよ、わかりましたから!!
……ほんと、私の副官は真面目すぎるのが玉に瑕ですねぇ。
では、何日かの間はその辺をぶらついてきますから、店のほうはそこそこ上手くやってください」
なお、この台詞……人間にはペチャペチャと行儀悪く舌を鳴らしているようにしか聞こえない。
そのため、ローパー語は内緒話にとても便利な言語なのであり、今もどこかで聞き耳を立てているフェイフェイの放ったスパイに盗み聞きされても全く困らなかった。
そしてこの後、クーデルスは宣言どおり意味もなくあちこちの店をウロウロし、彼の見張りをしていた連中を大いに困惑させたのである。
――いったい、あの男はなぜあんなにも自信たっぷりな態度でいられるのか?
新しく始めた事業が、今にも沈もうとしているのに。
その理由が判明したのは、数日後の事。
「あの男、何を考えている!? いったい、どこからこんなアイディアを持ってきた!!」
クーデルスがしでかしたことについての報告を聞き、豪商フェイフェイは我が耳を疑わざるをえなかった。
なんと、せっかく自分が確保した店舗の中に、周辺で営業していた他の屋台を招きいれたというのである。
その数……二十件。 ほぼ河川敷で営業する屋台の全てだ。
しかも、自分の店が設置した椅子や机まで共同で使用することを屋台の店主に許可しているのだというから、驚きである。
さらに、洗物やゴミ捨ての場を共同施設として提供することで仕事の効率をよくし、客にはメニューの多様性という魅力を提示していた。
これは、この国はおろかこの世界にもまだ存在していない営業形態。
すでに気づいているかもしれないが、クーデルスが提示したのは屋台村を流用したフードコートであった。
しかも、屋台と言う形式で統一されているため、店舗の移動や組み換えも自由自在。
フードコートのデメリットである改修の際の連携も必要なければ、デザインコンセプトの統一と言う問題も発生しない。
あとは歌や踊りといった娯楽を提供する場をもうければ、一日かけて食べて遊べる小規模なアミューズメントパークの出来上がりである。
しかも、クーデルスが格安で提供する本物の茶、こっそり仕掛けた魔法植物によるリフレッシュフィールドといった要素は真似をしようとしてもできるものではないため、後続が同じ事をしようとしてもまったく太刀打ちが出来ない。
格の違いを思い知るのが関の山だ。
だが、フェイフェイからするとそれでもこれは商売として失敗である。
なぜならば、クーデルスは参加している屋台からテナント料を取っていなかったからだ。
茶という魅力的な商品で客を集め、その集まった客を招きいれた屋台に回すことで金を使わせ、客の回転数の悪さをカバーするところまではわかる。
だが、それは招いた屋台から料金を取ればの話であった。
しかも洗物をする人間を雇ったり、ゴミを一括して処理する……これらの費用をクーデルスが負担しているため、利益は減っているはずである。
純粋な利益は、この街の一般的な男性の平均収入程度になるのではないだろうか?
下手をすれば赤字である。
それでは商売としてまったく意味が無い。
しかも、その動きはフェイフェイがつけいる隙も無いほど早かったのである。
先日まで暢気に街の商店で遊びまくり、女性を片っ端から口説いていたのは何だったのかと思うぐらいに。
そのため、クーデルスを邪魔しようにも、フェイフェイにはできる事が何もなかった。
「わからない……全くわからない!
なぜ儲けを無視する? なぜ他人に利益を与える?
これだけ画期的な商売を考え付くのに、どうして商売自体がこうも下手糞なのだ!
あぁぁぁぁ、口惜しい! 口惜しいぃぃ!! これが私の店であったならば絶対に大儲けしてやるのに!!
何がうまくやる……だ! それでは、せっかくの商機が全くの無駄ではないか!!」
混乱のあまりフェイフェイは頭をかきむしり、悔しさともどかしさで床をゴロゴロとのたうち回る。
綺麗に撫でつけられていた髪は見るも無残な有様となっていた。
だが、商人であるがゆえに、彼はきっと気づかないだろう。
これがクーデルスの特異性を活かした
そして、招き入れた屋台の主の数がそのままクーデルスの政治的発言力につながっていることを。
つまり、クーデルスなりにちゃんと利益は出ているのだ。
結局のところ、フェイフェイがあくまでも商人であるのと同じように、クーデルスはどこまでも政治屋なのである。
その事実に哀れなフェイフェイが気づくのは、もう少し後の話。
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