第31話

 メイドたちはフェイフェイの傍らに茶葉の箱を山積みにすると、一連に並んで頭を下げた。


「ほう、見事なメイドたちですな」

 その統率の取れた動きに、フェイフェイの口から感嘆の声が上がる。


「お褒めにあずかり恐縮でする

 さぁ、どれでも選んでください」

「では、これを」


 フェイフェイは茶葉の箱をいくつかどけると、山の中ほどにあった一箱を選んだ。

 まるでお前の事など信用していないといわんばかりの態度だが、クーデルスが気にするはずも無い。


「では、中身をどうぞ」

「ほう、これは?」


 箱をあけ、フェイフェイの口から飛び出したのは戸惑いの声であった。


「初めてごらんになるかもしれませんが、摘んだばかりの茶葉と言うのはこんなツヤツヤとした緑の葉っぱなのですよ」

「ふむ、私の見たことのある茶葉は乾燥してカサカサしたものであったが、産地との距離を考えればそうなるのも無理はあるまい」


 魚なども、内陸部では干物しか出回らないものだ。

 きっと、茶葉もそのようなものなのだろう……フェイフェイはそのように理解する。


「では、せっかくですので茶を召し上がっていただきましょう」


 そう告げると、クーデルスは絵付けも何も無い簡素なポットをどこからともなく取り出して、割れ物を扱うような丁寧さ・・・・・・・・・でテーブルの上に置いた。


「まずはこのポットに茶の葉をいれて、お湯を注ぎます。

 この時、茶の葉の等級によって使う湯の温度が違うのですよ」


 クーデルスはフェイフェイの選んだ箱から茶葉を一掴み取り出し、テーブルの上においたポットの中に入れた。

 すると、別のメイドがお湯の入った別のポットを差し出し、その中身を茶葉の上に注ぐ。


「そしてしばらく待ったら……あら不思議・・・・・

 美味しいお茶が出てきます」


 クーデルスは、簡素な素焼きの器に茶を入れてると、それをフェイフェイに差し出した。


「どうぞ、召し上がってください」


 すると、まずはフェイフェイの隣にいた女が茶を口にする。

 毒見というやつだ。


「……おいしい」


 思わずため息をつく彼女だが、ふと自分の役目を思い出し、手にしていた器をそっとフェイフェイに差し出す。

 

「では、いただきましょう」

 器を受け取ると、フェイフェイはしばし香りを楽しんだ後で茶を口に含んだ。


「うむ、美味いな。

 茶の代金代わりに一つ教えて差し上げましょう。

 このような効果で貴重な代物は、庶民の口に与えるべきものではないのです。

 そんな事をするから、あのような無頼の輩がなだれ込んでくるのですよ」


 鼻を膨らませながら、自慢げに垂れ流されるフェイフェイの話を、クーデルスはただ笑顔で聞き続ける。


「私なら、こんなところで庶民に飲ませるようなことはせず、もっとやんごとなき方々にお渡しするでしょうな」


 そう、たとえば先日の胡椒に関わる噂を払拭するために、有力な貴族たちに贈りつける事だろう。

 この国では珍しいものだけに、下手に金を渡すよりも効果的だ。


 そしてさんざん商売のコツとやらを語ったあげく、フェイフェイは会話をこう結んだ。


「何か新しいことをするならば、自分の判断だけで推し進めずに、それなりに実績のある者に相談するべきです。

 まぁ、いい勉強になったでしょう?」


 これに懲りて、利益のある話は自分にもってこい。

 要するに言いたいところはソレだ。


「そうですねぇ。 いやぁ、失敗しました。

 ちなみに、その茶葉は、そのやんごとなき方々に?」


 ふと気になったかのようにクーデルスがたずねると、一瞬でフェイフェイの顔に警戒が走る。


「さぁ、どうでしょうね。

 ただ、私にはそういうものをほしがるお客様がたくさんいらっしゃるのですよ。

 あぁ、貴方が真似をしようとしても無駄ですよ」


 言外に侮蔑を匂わせながら、フェイフェイはドスの効いた声でクーデルスにいいふくめた。


「そういう方々と取引をするには、信用が第一なのです。

 どうやってこのような茶葉を手に入れたのかは存じ上げませんが、少々身の丈にあわないものに手を出されましたな。

 あぁ、そうそう。 茶葉の入手方法をお売りになるなら、今度こそ私にご相談を。

 では、私は忙しくなりそうですので、これにて」


 最後にねちっこい視線をクーデルスに向けると、フェイフェイは席を立つ。

 そして彼らが完全に見えなくなったのを見計らい、ドルチェスがクーデルスに噛み付いた。


「クーデルスさん!」

「なにか御用ですか? 私はちょっと忙しくなりそうなのですが」


 あの屈辱的なやりとりの後でこの態度。

 よほど神経が鈍いのか、それとも何か策があるのか?

 ドルチェスとしては後者であることを祈りたかった。


「いや、そんな事より! あんな言いたい放題言わせておいて良いのですか?」

「ええ、全く問題ありません」


 そしてクーデルスは、なんとも理解しがたいことを言い出したのである。


「それよりもドルチェスさん。 私の手品・・があまりウケなかったのですが、どうしましょうね?」

「……手品?」


 あまりに突拍子も無い言葉に、ドルチェスは思わず口を開けたまま思案に暮れた。

 あのやりとりで、いったいどこに手品なんてあったのだろうか……と。


「さてと、用は済んだことですし、ロザリーさん。 お掃除をお願いします」

 クーデルスがそんな言葉を口にすると、いつからいたのかロザリスが後ろに立っていた。


「ロザリスだ。 まったく、なんで我がこのような雑用を……」

「すいませんねぇ、私、手加減するの苦手なんですよ。

 ――うっかりすると、みんな挽肉になってしまうので」


 なぜか冗談に聞こえない物騒な台詞に、周りをうろついていたゴロツキたちの背中が汗ばむ。


「おそらく目の前の人間を皆殺しにしたところで、笑いながら今晩のメニューはハンバーグにしましょうかとうっかり漏らしそうな男が何を言うか。

 わかったからそれ以上口を開くでない。

 ……手足がなくなるぐらいはかまわなかったな?」


 ロザリスがそう告げると、クーデルスは一瞬だけ怪訝な顔をした。

 そんな事を言った憶えはないからである。

 だが、すぐにクーデルスはにっこりと笑って告げた。


「ええ、死ななければそれで十分です」


 その答えに、ロザリスは尋常では無い殺気を振りまきつつ物騒な笑みを浮かべる。

 あまりにも濃厚な強者の気配に、ならず者たちの顔にビッシリと汗が浮かんだ。


「くくく……よかろう。

 クソ邪悪なガキ共め、我が腹いせに付き合ってもらうぞ」


 どうやら、ロザリスにはほんとのちょっとサディストの気があるらしい。

 数分後、フードコートは悲鳴で満たされた。

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