13話

「平穏ってすばらしい」

 午後の日差しが燦々さんさんと降り注ぐ窓辺で、冒険者ギルドのギルドマスターであるガンナードはしみじみと呟いた。

 傍らには、胃薬の匂いが漂う薄紅色のお茶がおいてある。

 クーデルスを締め上げて提供させた、貴重な薬草茶だ。


 規格外な新人クーデルスによる驚愕の入団テストから数日。

 さぁ、Sクラスのド変態が入ってきたぞ。 何をやらかしやがる?

 ……と身構えていたギルドに所属する冒険者たちであったが、予想外におとなしいクーデルスの様子に拍子抜けしている感じは否めない。


 だが、その裏側では色々とやらかしていた。


 たとえば、薬効のある希少な植物の花を大量に入荷させて市場の相場を壊しそうになったり。

 たとえば、ミロンちゃんと名づけた雄のデス・スコーピオンの餌を調達するからと言って初心者向けの狩場を襲って他の冒険者の稼ぎとなるものを根絶しそうになったり。


 とまぁ、凄まじいトラブルを毎日のように引き起こそうとしていたのだ。


 そのことごとくが未然に防がれているのは、全てマスター・ガンナードの努力の賜物である。

 おそらく他のギルドであれば、今頃とんでもないことをしでかして大騒ぎになっているはずだ。


 しかも、このトラブルを逆手にとってガンナードは大きく業績を上げている。

 クーデルスは頻繁にトラブルを起こす厄介者だが、同時に使いこなせれば多大な利益をもたらす鬼札ジョーカーでもあるのだ。

 この点において、クーデルスをガンナードの管理課においたサナトリアの選択は正しかったといえよう。


 さて、そのクーデルスといえば……ガンナードから頼まれた希少な花の入荷を終わらせ、ギルドの中の飲食コーナーに座り、なにやら周囲の会話に耳を傾け、時折メモを取っていた。

 どうやら今日はもう仕事をするつもりが無いらしい。

 つまり、トラブルを引き起こす可能性は少ないということである。

 実に喜ばしいことだ。


 クーデルスがそんな調子であるため、今日の冒険者ギルドは平穏に包まれている……かのように見えた。

 だが、恐るべき事態はその水面下でゆっくりと、そして確実に動きを進めていたのである。

 

「何やってんだ、お前?」

 そんな台詞と共にクーデルスの隣に座ったのは、サナトリアであった。

 超がつく穀潰ごくつしだったクーデルスからようやく利益を引き出した功績により、ここのところ奴隷商館の主からの彼への評価は非常に高い。

 お給料も増額される予定であり、しかもクーデルスの引き起こすトラブルはガンナードが未然に処理してくれる。

 よって、彼は今日もご機嫌だ。


「何って、情報収集ですよ?

 最初から言ってませんでしたっけ? 冒険者ギルドに入りたいのは情報がほしいからなんですが」

 『あぁ、そんな事も言っていたな』と、サナトリアは言われて初めて思い出す。

 だが、正しくは情報を集めるために金がほしいという台詞だったはずだ。


「情報ねぇ……何の情報を集めているんだ? 場合によっては手伝ってやるぞ」

「では、遠慮なく。 これなんですがねぇ」

 そう言いながらに差し出したメモを見るなり、サナトリアは怪訝な顔をする。

 なぜなら、それはおよそクーデルスが興味を持つとは思えない内容だったからだ。


「てっきり女についての情報だと思っていたが、まさかの男だと?

 お前、こんなん調べて何をする気だ? ……まさか、そっちの気は無いだろうな」

「あるはず無いでしょ。 私はいたって健全です」

 周囲の人間が聞き耳を立てていることを考えて、わざと詳細をぼかした会話をする二人。


 クーデルスのメモに記されていたのは、この国の王太子に関する情報であった。

 実は、最近太ってしまっただの、新しい王太子妃候補に甘やかされて努力する事をやめてしまったため、成績が下がり始めただとかといった内容がこまごまと記されている。


「不可解だな。 いったいどんな悪いことを考えている」

「酷い言いがかりですね。 むろん、このボンクラ王太子自体に興味はありませんよ。

 性別、能力、人格の全てにおいてね。 これでも人を見る目は肥えているんです」

 何気に酷い評価であるが、これでも百年単位で政治の舞台に身をおいていた男だ。

 その辛らつさと正確さは余人の及ぶところではない。


「ただ……例の彼女アデリアのために、ちょっとした実験を予定しているんですよ。

 その実験のための情報集めです」

「実験ねぇ……お前の口から出ると、こんな不穏な言葉もねぇな。

 俺はますます心配になってきたぜ。

 ほら、見ろよ。 ガンナードとエルデルも、ピリピリとした感じでこっちを伺っている」

 見れば、こちらの会話を伺っていた天耳エルデルが、こちらを見ながらガンナードに何か耳打ちをしていた。


「やれやれ、信用が無いですねぇ。 これでも善良で無害な男のつもりなのですが」

「くくく……違いない。 あぁ、クーデルス。 お前は善良で優しい男だ。

 だがな、ちょっとズレているせいで無害とは言いかねるぞ」

「酷いですね、サナトさん。

 あぁ、そうだ。 そろそろ例のスイカが実をつけはじめるころなんですよ。

 よかったら見に来ませんか? 向こうで色々と気にしているガンナードさんも、エルデルさんも一緒に」

 そう告げられると、ガンナードもエルデルも頷かざるを得ない。

 クーデルスが目の届かないところで何かするより恐ろしい事は無いからだ。


 そして彼らは再び認識する事になる。

 クーデルスがいかにこちらの予想のつかないことをする人物であるかを。

 奴隷商館の裏庭の一角、半透明の天幕に覆われた中にあるクーデルスのスイカを見るなり、ガンナードとエルデルは言葉を失い、サナトリアは喉が枯れるほどの大声で叫んだ。


「クーデルス! いっかいお前は頭をカチ割って医者に見てもらえ!!」

「おや、お気に召しませんか? かなりいいスイカが出来たと自負していたのですが」

 サナトリアの罵倒に、クーデルスは心外だといわんばかりに首をかしげる。


「そんな問題じゃねぇ!! コレのどこがスイカだ、馬鹿野郎っ!!」

 彼らの目の前で緑のつる草に囲まれて実っているのはどう見てもスイカなどではなく……薄緑の肌をした愛らしい赤子たちであった。

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