14話

「このお仕事、私にくれませんか?」

 そんな台詞と共にクーデルスがやってきたとき、ガンナードは全身に汗が浮き出てそのまま流れ落ちるのを感じていた。

 ――やべぇ、これ、たぶん特大の厄介事だ。


「仕事だと?」

 見れば、クーデルスの手に一枚の募集要項が握られている。

 任地は隣にある王太子の領地にある郊外の村で、内容は復興作業をするので人手がほしいという代物だ。


 なんでも、先日の嵐によって畑が大きな被害を受けてしまい、農作物がほぼ全滅と言うことらしい。

 求められているのは家屋の修理に必要な人手だけではなく、埋まった水路を掘り起こしたり、流れてきた岩や倒木を除去しなければ農業を再開する事もできないようだ。

 さらには防護柵などの破損も酷く、復興作業中に魔物の襲撃による二次被害が予想されるため、冒険者にも護衛の仕事が求められているのである。

 

「クーデルス。 わかっているだろうが、これはお前のような奴が手を出す仕事じゃない。 駆け出し向けの仕事だ。

 それをわざわざ自分からやりたいだと? 何を考えている?」

 マスター・ガンナードは作業の手を止め、目の前に立つ大柄な中年男を睨むようにして見上げた。

 だが、どう考えてもこの男の意思は読み取る事ができなかった。


 決して悪い男では無い。

 むしろ根は善良といえるだろう。


 だが、先日のスイカの事もそうだが、この男ことごとく予想外なことをする。

 結局、あの赤子の姿をしたスイカも何のために作ったかは明らかにしていないのだ。


 根本的なところで、善悪の基準やものの価値観が異なる。

 強靭な肉体や身体能力でもなく、不可解で強力な地の魔術ではなく、その一点のみが何よりも恐ろしい。


「ずいぶんと疑われてますね。

 それに、私もキャリアをかんがみれば十分駆け出しと言うべきだとは思いますが。

 うわぁ、なんですかその詐欺師を見るような目は。

 何も。 ……とは言いませんが、大してご迷惑はおかけしませんよ」

「迷惑をかけるのは確定なのかよ!」

「いやぁ、嘘をつくのは苦手でして」

 ただ、隠したい事は決して口にしないのだから厄介さは変わらない。


「でも、適任ではあるでしょう? 力も体力も私ならば申し分ないし、なんだったら被害にあった作物も魔術でカバーできます」

 整然と自分の適性をアピールするクーデルスだが、ガンナードは静かに首を横に振った。


「ダメだ。 ウチは団員を安売りしない主義なんだよ。 有能な奴はそれなりに利益の出る仕事に就ける。

 ウチじゃなくても、こんなボランティア同然の仕事にお前ほどの男を出せるはずないだろ」

 さもなくば、顧客の容貌ばかりが増長し、仕事の相場はだんだんと下がってしまい、業界全体が低料金化して不活性化するのである。


 それがわかっているため、冒険者ギルドはどこも安い仕事に有能な人間はつけない。

 悪く言えば露骨な市場操作ではあったが、ただでさえ危険で収入の不安定な冒険者ギルドが、安定して経済を回すには必要な措置でもあった。


「じゃあ、ボランティアじゃなくしましょう。 利益を引き出せるようにすればいいじゃないですか」

「お前……俺の事を何だと思っている」

 同時に背中に冷たい汗が滴った。

 いったいコイツは何者なのだろう?


 この根本的な盤上をひっくり返すような大胆で強引な考え方は、おそらく商人のものではない。

 むしろ、自分でルールを制定することになれた高級官僚の考え方だ。


「ガンナードさんのことですか? とても有能な経営者だと認識していますよ。

 それがが何か? あと……これでも色々と下調べは済んでいるのです。

 貴方の能力ならば、無茶ではあっても無理ではない」

「くそっ、これだから有能すぎる奴は嫌いなんだ! いいか、こんな無茶は二度とごめんだぞ」

 おそらくはこのギルドが街の最古参であり、政治的に影響力を持つ人間とも繋がりがあることを見越しての発言だろう。

 怖いぐらいに的確な人選とやり口だった。


 誰だ、コイツを冒険者なんかにしておく馬鹿は!

 とっとと本来の住処であるドロドロした政治の世界に戻してやれ!

 ……できれば、俺の胃にストレスで穴が開く前に!!


 そんなガンナードの腹の中を知ってか知らずか、クーデルスは陽だまりのような微笑を浮かべる。


「そうですね。 出来れば私も無茶はさせたくないと思ってます」

「だったら少しは協力しろ。 何か腹案はあるんだろう?」

 絶対にあるはずだ。

 こいつはそのぐらいの用意もなしに乗り込んでくるようなタマじゃない。


 だったら、開き直って限界までコキ使ってやるまでよ。

 そんな意志をこめた目をクーデルスに向けると、案の定奴は口の端に笑みを浮かべた。


「すばらしい。 いやぁ、上司に恵まれるって本当に幸せなことですねぇ」

「俺は不相応な部下を抱えこんじまったせいで、不幸のあまり胃が死にそうだよ」

「それは申し訳ない。 では、ちょっと場所を移して……」

「いや、ここでいい」

 そう告げると、ガンナードは小さく合言葉をくちずさむ。

 すると風の魔術が発動し、受付の窓口を結界で包んだ。

 何代か前のギルドマスターが部下から迅速に報告を聞くために作った仕掛けである。


「これで外には聞こえない。 さぁ、聞かせてもらおうか」

「では、遠慮なく」

 クーデルスはさらに呼び出した植物で視界をさえぎると、一束の計画書を差し出した。


「大まかな展望を述べますと、再開発計画をもっと大規模にして、その団長として私が村に赴きます。

 このギルドへの報酬は、その年に村で得られた税収の一割。 本来ならばそんな時間で十分な復興は不可能で、採算が取れないはずです」

「たしかにそんな自殺的な条件なら向こうは喜んで依頼を出すだろうし、他の冒険者ギルドは手を出さないな。

 だが、お前ならば出来るんだろ? 十分に採算を取ることが」

 少なくとも、クーデルスの植物に特化した地の魔術があれば、枯れてしまった作物もどうにかできてしまうに違いない。

 だが、この男がそれだけしか考えていないはずが無かった。


「例年の倍以上の収穫を出して領主を震え上がらせてさし上げます」

 差し出された計画書に目を通し、ガンナードは一瞬目を見開く。


「……正気かよ」

「当たり前です。 私にこの程度の事もできないとお思いで?」

 その微笑みは、魔帝王の隠し刀として数百年にわたり国を支えていた男の片鱗を漂わせていた。

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