15話
かくしてクーデルスの提案を受け入れたガンナードは、知り合いの伝手を使って例の村の代官に連絡をとった。
すると、よほど人が集まらず困っていたのだろう。
その代官は二つ返事で許可を出した。
こうも甘い話であれば、疑われても仕方が無い。 そう思っていたガンナードは、あまりにも向こうの代官が考えなしすぎて拍子抜けしたよ……と、苦笑いと共にクーデルスに語ったものである。
当然ながら、この契約に首を突っ込もうという冒険者ギルドが他にいるはずもなく、事前の募集は即座に撤回されて新しい企画が幕を開けた。
……とはいえ、食料を始めた必要な物資の準備がすぐに終わるはずがない。
主な労働力をクーデルスの所属する奴隷商館から購入し、さらにはクーデルスが作成した叩き台の資料があったにもかかわらず、彼らが本格的に動き出すまでには一ヶ月近くの時間が必要だと判明した。
これでは、復興に手をつける前に村が自滅してしまいかねない。
よって、まずは本体が到着するまでの時間稼ぎをする事になったのである。
数日ほどで最低限の物資と人材をそろえたクーデルスたち復興団の第一陣は、やや強行軍となる日程を経て荒れ果てた村へとやってきた。
だが、そんなクーデルスの隣には、こんなところにいるはずもない……なぜ復興団の中にいるのか、誰もが首を捻るような人物が一人いる。
「あれが目的地の村ね」
「えぇ、おそらくはそうでしょう」
大して意味も無い台詞を、さもつまらないと言わんばかりの口調で口にしたのは、他でもない……この国一番の悪女と名高い、アデリア嬢であった。
むろん、周囲から大反対があったのは言うまでもない。
「ひとつ聞いてよいかしら?」
「何なりと」
「なぜ、私をここに連れてきたの? 自分の活躍を見せつけて、私を口説くのが目的でいるつもりなら、逆効果だといっておくわ」
冷たい目で、アデリアはそう釘を刺す。
クーデルスが周囲の反対を押し切ってまでこの復興団にアデリアを入れた理由があるとすれば、そうとしか考えられない。
そして、周囲もそんなものだと思っていた。
だが、やはりクーデルスは誰にも予想の出来ないことを考えていたのである。
「あぁ、そういえば秘密にしていたんでしたね。
まぁ、口説くというのはあながち間違いではないのですが……」
そこでクーデルスはアデリアの目をまっすぐに覗き込んだ。
「私はこの企画の中心に貴方を据えるつもりなのですよ」
「私を? 意味がわからないわ」
むしろ、悪名だけしかないアデリアを中心にすえたりしたら、集団としての結束が乱れるだけでは無いのか?
どう考えても、クーデルスがそうするだけの理由が思い浮かばなかった。
「でも、今ちょっとだけ心がざわついたでしょ?」
そう告げられて、アデリアの心臓がトクンと音をたてる。
クーデルスの言葉に、彼女は未知なる恐怖と、さらに未知なる喜びを感じていた。
何だろう、この感覚は? だが、奇妙なほどに心地よい。
「そもそも……貴女はとても貴重な人材なのですよ。
貴女の学園での成績やディベートの記録などを拝見しましたが、長い時間をかけて様々な人材を見てきた私から見ても、非常に良いものでした。 お見事と言わせていただきます」
だが、褒められたはずのアデリアは、なぜか全身に汗をかいていた。
私は一体どうしたというのだろう?
この男の言葉にこうも心をもてあそばれ、喜びを感じている。
これではまるで親に褒められた幼子のようではないか!
かつては褒めそやかされるだけの生活を送ってきたアデリアだが、人から褒められてこれほど揺さぶられた事は、ついぞ覚えがない。
そんな未知の感覚に、アデリアの中に
だが、アデレアが会話の主導権を取り戻す言葉を探し出す前に、クーデルスは更なる言葉を耳に流し込んできた。
「思うのですが、この国において貴女と肩を並べるほど知識と教養を身につけた人材がどれ程いるでしょうか?
私はね、そんな人材をこのまま悪趣味なお遊戯で奴隷商館に
ズブリと音を立てて、クーデルスの言葉が心の中にめり込んだ。
ダメだ……。
アデリアは心の中で絶望を味わっていた。
この男の言葉は、耳に心地よすぎる。
男たちは誰もが彼女の容姿を称え、たまに趣味が良いという言葉を添えるぐらいであった。
だが、この男は違う。
誰も真剣に評価をしたことの無い、彼女の能力を褒めるのだ。
男の添え物として、一生表に出ることは無い思っていた彼女の能力を。
こんなの、ズルい……。
あぁ、まさか自分の中にこんな欲望が眠っていたとは知らなかった。
褒められたことのない部分の自己顕示欲を刺激され、彼女の心は嵐の海のように逆巻く。
「ここで口説き文句なのですが、聞いてくださいますか?」
「ええ、どうぞ。 とても興味深いわ」
かろうじて淑女の笑顔を取り繕ってはいたものの、アデリアの頬はばら色に染まり、その目はキラキラと輝いていた。
まるで、恋する乙女のように。
「では、遠慮なく。 未来の国母となるべく学んだ知識がどれ程のものか……貴女は試してみたくないですか?」
その言葉が告げられた瞬間、アデリアは何かの束縛から解放されて自由になった。
「ふふ、ふふふふははははははは、あはははははははははは!!」
淑女にあるまじき大きな笑い声が止まらず、いや、そんな事ですらもうどうでもいいとさえ思える。
なんだろう、急に世界が光り輝いて見える。
あぁ、今までの陰鬱な気分は何だったというのだろうか!?
「いいわね、貴方。 今まで私を口説いた男は何人もいるけれど、ここまで私を愉快にさせた男は初めてよ。
ええ、試してみたいわね。 正直にいって、心がざわつくどころか心底震えているわ」
アデリアの顔には舌なめずりしそうな笑顔が埋まれ、その目には野心の光が輝いていた。
そんな猛獣のような彼女と向き合ったまま、クーデルスは指で眼鏡の位置をなおし、ニッコリと微笑んだ。
「いい答えです。 では、たった今から貴方は私の副官をお願いします。 頼みましたよ、アデリア副団長」
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