16話

 クーデルス一行が村に到着すると、彼らはまずは村長の家の客室に通された。

 そして現場の責任者と顔を合わせることとなったのである。


 だが、この期に及んでクーデルスのテンションはダダ下がりであった。

「団長、テーブルに頬杖をつくのはやめてください」

「そうは言いますけどね、アデリアさん。

 村長なんて生き物は、おおかたデップリとしたヒゲ面のオッサンでしょ?

 何が悲しくてそんな生き物と向かい合って話しをしなきゃいけないんですか」


 自分もオッサンであることを星の彼方まで棚に上げての発言である。

 これにはアデリアもため息をつくしかなかった。

 しかし、彼らの元にやってきたのは……。


「ようこそいらっしゃいました。 私がこの村の村長でございます」

 そんな台詞と共に現れたのは、どこかかげりを帯びたはかなげな女性であった。

 おそらくは先日の災害で亡くなった先代村長の後を、その妻が継いだといったところだろう。


 貧しい食生活から来るのであろう、抱きしめたらそのまま折れてしまいそうな細い腰。

 睫毛の長い、切れ長の瞳。 夜空から流れ落ちてきたかと思わせる、床まで伸びたまっすぐな黒髪。


 手入れがままならず僅かにほつれた毛先が完璧な美を崩しているものの、それがかえって艶かしい色香を掻き立てる。

 それはあたかも、一部の性癖の男性の妄想をそのまま形にしたような姿であった。


 もしもここにサナトリアがいたならば、真っ先に危険だと判断しただろう。

 だが、ここに彼はいない。


 ――カチッ。

 次の瞬間、隣にいたアデリアは何かのスイッチが入ったような音を確かに聞いた。

 何の音かと確かめる前に、クーデルスがサッと前に出る。


「はじめまして! 私、この復興支援団の団長でクーデルス・タート42歳独し……うぼぉ!?」

 村長の手をとろうとしたクーデルスだが、その途中でバサッと布がはためく音が鳴り響き、彼は急に股間を押さえて床に崩れた。

 そしてなぜか後ろにいる団員たちがそろって自分の股間を隠すような仕草をとる。


 正面にいる未亡人には見えなかっただろうが、後ろにいる団員たちは見てしまったのだ。

 アデリアが神速の手さばきでクーデルスのローブをめくり上げ、一切の躊躇なく股間につま先をめり込ませた瞬間を。


「副団長のアデリアです。 では、早速村の現状について詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 床に転がって悶絶するクーデルスを尻目に、アデリアはクールな微笑みを浮かべて自らの名を告げる。


「アデリアさん……なんて容赦ない……むぎゅっ」

 クーデルスが息を吹き返して声を上げると、彼女はそのまま12センチのヒールでクーデルスの顔を踏みつけた。

 その際も、アデリアは終始ニコニコと笑顔のままである。


 ――過剰ツッコミだ。

 団員たちはそっと目を閉じてこの状況を嘆いた。


 ツッコミとは、常に的確な節度をわきまえる必要があり、見るものをドン引きさせてはいけない。

 だが、アデリアにはその加減が出来ないのだ。

 そしてここにクーデルスボケがいるかぎり、この神をも恐れぬ残虐なツッコミが何度も繰り返されることだろう。


 あぁ、約束の地カゲツにめします漫才の神のご慈悲あれ。

 そして魔女アデリアに裁きあれ。


 それにつけても悔やまれるのは、なぜ穏便にクーデルスに突っ込みをいれる事ができるあの男がここにいないのだろうか?

 彼がここにいさえすれば、こんな事は起きなかったであろうに。


 その場にいる全員が、天井を見上げて精悍なニンジン頭の青年を思い出す。

 後続の部隊をまとめるために、彼はどうしても街に残らなければならなかったのだ。


「すいません。 団長は大変に優秀な方なのですが、持病の発作がありまして。

 発作が起きたときは、こうして抑えておかないと回りに危害を加えてしまうのです」

「は、はぁ……そうなのですか」

 有無を言わせぬアデリアの迫力に、未亡人はただそういって頷くしかなかった。

 もっとも、持病や発作については、あながち間違いでは無いところが恐ろしいところである。


「では、会談の場を整えたいと思いますので、しばらく客室でお待ちくださいませ」

 なにやら得体の知れない気配におののきつつも、村長はアデリアに一礼してその場を後にした。


「ふぅ、新しい世界の扉を開くかと思いましたよ」

 村長がいなくなると、いつの間にアデリアの靴の下を抜け出したのか、クーデルスが暢気な声で呟く。

 新しい世界がいかなるものかについては、その場にいる団員たちもおおよそ予想はついているのだが、なにせ相手はクーデルスなので油断は出来ない。


「あら、口説いている相手の横で他の女に目移りする殿方など、新しい世界の扉でも、冥府の門戸でも、お好きに開ければよろしいではありませんか」

 反省の色が全く無いクーデルスを、アデリアが氷のような視線と言葉で貫くのだが、見た限りまったく効いている感触が無い。


 それどころか、

「そのツレないところが、たまりませんねぇ」

 ……と気持ちの悪い台詞を吐きながらシナをつくる始末である。

 だが、アデリアはピンときた。


「……ちなみに言っている言葉の意味はわかってらっしゃいますか?」

「実はあんまり。 先日拝読した小説の受け売りです」

 アデリアの想像通り、こんな答えがシレッとした顔で返ってくる。

 予想通りの言葉に、アデリアは思わず額に手を当てた。


 頭が悪いわけでは無いが、恋愛が絡むと途端に壮絶なマヌケっぷりを披露する男。

 その違和感の原因が、とてつもない恋愛音痴と知識の欠如、そして愛情の渇望にあることを、彼女は少しずつ理解しはじめていた。

 

「とりあえず、真面目にやってください。

 打ち合わせをしている間は、恋愛ごっこは禁止です」

 えー、そんなぁ……と泣き言を呟くクーデルスを視界から追いやると、アデリアは手元にある資料に再び目を通し始める。


 その姿にようやく自分達の役目を思い出したのか、各部門の指導にあたる団員たちもまた同じように下準備を始めた。

 わがままを言うクーデルスをスルーするという、きわめて効率的なスキルを彼らが身につけた瞬間である。


「あの……打ち合わせの用意が出来たんですが……そこの方は大丈夫でしょうか?」

 しばらくして、村長からの言伝で復興支援団の面子を呼びに来た下男の少年がやってきた。

 すると、全員が熱心に資料を読み込む中、異様なことにたった一人だけ大柄な眼鏡の男性が床に座ったまま何か違うことをしている。


 一体何をしているのだろう?

 好奇心を抑えきれず覗き込んでしまった少年が見たものは……。


 その中年男性が絨毯の上でひたすら"の"の字を書いているという、とてもシュールな光景であった。

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