17話

「では最初に、情報の刷り合わせをしましょう。

 僭越ながら、副団長であるわたくしアデリアがこちらにあがっている被害状況を読み上げさせていただきます」

 関係者全員が顔を揃えると、司会を任されたアデリアは書類を読み上げるべく手元に目を落とした。


「およそ二週間前にこのライカーネル領を襲った嵐は半日に渡って多大な雨をもたらしました。

 それに伴い河川が増水。 このハンプレット村を中心に局地的な洪水がおこり、多大な被害が発生しております」

 このくだりで、なぜかクーデルスの視線が村の代表達のほうに向けられたが、その意図はわからない。

 気になって仕方が無かったが、アデリアは自分の任された仕事を続けるために書類に視線を戻さねばならず、もやもやした気持ちのまま次のページをめくる。


「具体的な数字としては、死者52名、負傷者360名、破損した家屋……」

 改めて数字によって被害を確認したことで記憶が蘇ったのだろう。

 気が付くと、この場に臨席している村の代表者たちの目に涙が浮かんでいた。


 そしてその悲惨な数字に、復興支援団の面子からも改めて呻き声がこぼれる。

 死者52人と言えば、人口1000人程度であるこの村にとってはかなりの損失であるからだ。

 しかも、被害者の内訳は働き手である若い男性が半数近くを占めている。


「被害に若い男性が多い理由は、彼らが畑に水を供給する水路を閉ざして農地への浸水を防ぐ作業をしていたことに起因します。

 上流で強い濁流が発生し、被害者のほとんどはこれに飲み込まれました。

 そしてその原因は、上流に設置された堰が老朽化し、蓄積された土砂と洪水に耐えられず破損したためであると報告されております」

 つまりこの悲劇的な現状は、治水施設の整備不足による人災の面が大きいということだ。

 この場にいるほぼ全員が渋い顔をするなか、まるで空気を読んだかのように村長が言葉を紡ぐ。


「上流の堰が壊れ始めていて、もう長くもたないことは、村の誰もが知っていました。

 当然ながら我々も領主様にも何度も修復を申請したのですが、なしのつぶて。

 もしもあの堰の修復がされていれば、このような事もなかったでしょう」


 そして、彼女は言葉を区切ってから、嗚咽交じりの声でこう続けたのだ。


「あの人は、この村の人間たちは……代官の怠慢に殺されたのです」


 ――なんてことを!?

 しんみりとした空気は、涙も凍りつくような恐怖にとって代わった。

 彼女の言葉は明らかな反逆の意思。

 およそ、領主や代官の耳に入ればただではすまない台詞である。


「いいのですよ。 むしろ存分に言いふらしてくださいませ。

 いっそ、国中に知れ渡ってあの男の一生消えない傷になればいい」

 そう語る村長の目に、復興支援団の面々は青い鬼火のきらめきを見た。


 いや、村長だけではない。

 同席している村の代表者たちの目にも、同じような光が垣間見える。

 そう。 この村は今、代官への恨みと憎しみで暴走寸前であったのだ。


 最初からおかしいと思っていたが、どうりで代官がこの村の復興を冒険者に任せるはずである。

 代官が直接指揮をとって復興事業をしようとしていたら、きっと血の雨が降っていたに違いない。

 かと言って、こんな状況で他の領主の手を借りでもしたら、社交界でどんな醜聞が撒き散らされるか。

 その点、冒険者や奴隷を使って復興作業を進めれば、口封じの方法はいくらでもある。

 そう……いくらでも、だ。


 そんな事実を悟ったアデリアは、恐怖にかられつつ、すがるようにクーデルスへと視線を向けた。

 だが、まるで想定内だといわんばかりに眼鏡の中年男はニコニコと微笑んでいる。


 まさか、この状況を最初から知っていて……?

 いや、むしろこの男がこんなリスクを見逃すはずが無い。


 ――この最悪な状況が想定内のことならば、さぼってないでちょっとは動いてください! 貴方、団長でしょう!!

 アデリアが睨むようにして視線で訴えると、クーデルスはやれやれといわんばかりに肩をすくめてからため息をついた。

 そして昼寝をする牛ににでも語りかけるような調子で、こう切り出したのである。


「それは大変でしたねぇ。

 でも、復讐なんて生きていればこそできることでしょう?

 まず、生き残ることを考えませんか? このままじゃ何かする前に死にますよ、貴方たち」

 やんわりとしたクーデルスの言葉に、刺し違えてでも代官を殺してやるといわんばかりの空気をかもしていた村人たちが一斉に我に返った。

 確かに、言われてみればこのままでは復讐どころか、その前に自滅へと一直線である。


「そう……ですね。 ですが、本当にこの村は残る事ができるのでしょうか?

 正直に言いますと、最近は村の中に夜な夜な魔獣が侵入して家畜を襲っているような状況でして」

 我に返った村長が気まずそうに答えを返すと、団員達の顔に緊張が走った。


 村といわず地方自治体と言うものは、初期段階で祠なり神殿を立てて守護神を迎える。

 そうすることによってその土地は神の加護の及ぶ場所となり、悪霊や魔獣の類はおいそれと入る事ができなくなるのだ。


 その最低限の機能すら無いという事は、ここはすでに村どころか人の住むべき場所ですらない。

 もはや荒野のど真ん中と同じであるということである。

 つまり、夜中に建物の中だからといってベッドの上で安心してねむっていたら、いつの間にか村に侵入していた魔獣の餌になっていた……となってもおかしくは無いのだ。


 腕に自信のある冒険者たちならばいざ知らず、事務能力をかわれてやってきた文官や、純粋な労働力である奴隷たちにとっては死活問題である。

 そんな動揺を見て取ったのか、クーデルスは穏やかな笑顔で彼らを見渡した。


「何をうろたえているのです?

 この危険な状況の中、数百人の怪我人や幼い子供たちが我々の助けを待っているのですよ。

 そんな方々のためにも、まず村の防御機能の修復といきましょうか。

 しばらくは我々が運んできた食料がありますし、村の安全が確保できないと農地の修復もままなりません」

 その言葉に、ほんの少し安心した空気が漂う。

 だが、不安を完全に払拭するには至らなかった。


 さぁ、どうするの?

 そんなアデリアの視線に応えるかのごとく、クーデルスはその右手を大きく振り上げる。


 すると、その手の中に虹色の美しい光が瞬いた。

 これは集められた魔力が空気と反応して生まれる副産物である。


 いったい何の魔術を?

 目の前の美しい魔力のきらめきに見とれていた人々は、ふと我に返ってそんな事を考えた。

 だが、大規模な魔術に欠かせないはずの、長い長い詠唱はいつまでたっても聞こえてこない。


 すると、クーデルスはその魔力を全方向に放ちながら一言だけの短い詠唱を唱えたのである。


咲き乱れよフロレシオン

 その瞬間、村全域が揺れた。




「うわぁ、なんだこりゃあ?」

「うちの団長、何者だよ。 こんな魔術見た事もないぞ」

 クーデルスの魔術の結果を見届けるため、外に出た団員たちの口からそんな言葉が呟かれる。

 彼らの目の前では、鋼の蔓を絡ませ、赤銅の薔薇を咲かせた……凄まじく巨大な金属の壁が見渡す限りに広がっていた。


「同じ事をやれといわれたら、まず俺には無理だな。

 こんなの、戦略級魔術じゃねぇかよ。

 宮廷魔術師が俺と同じ地の魔術師を百人ぐらい連れてきて、半日ぐらいの儀式を行ったら出来るかもしれんが……」

 地の術師らしき冒険者が、感動とも嫉妬ともつかない声で呟きながらその薔薇の壁を見上げる。

 自分の目で見ていても、これがたった一人で成し遂げられたものだとは信じがたい。


 しかも、詠唱省略の一言で発動?

 もはやそれは神の領域である。

 まさに、光在れ……の世界だ。


 おそらくは何かの貴重な触媒を使ったのであろうが、いったいどんな代物を持っているのだろうか?

 あわよくば、その触媒を分けてもらいたいものだが……。

 もはや魔術師の頭の中は、あの得体の知れない団長にいかにして取り入ろうかと言うことで一杯だった。


 その一方で……。

「はぁー なんとも綺麗な代物だなぁ」

「これ、枝を折って街に持ち込んだらいい金になるんじゃないかねぇ」

 冒険者たちの後ろでは、何もわからない村人たちが、この美しい造形物を見て身勝手なことを呟いている。

 なんとも自己中心的ではあるが、人間の考えることなど大概はこんなものだ。

 なにせ、大勢がそうだからこその"俗"なのだから。


 さらにその後ろでは、アデリアがクーデルスを問い詰めていた。

 しかも、彼女の頭に角が生えている幻が見えそうなほどの激しい剣幕でだ。


「団長……この案件、思いっきり地雷ではありませんこと?」

「ふふふ、その通りですよ? やりがいがあるでしょう?

 さすがにまだ全貌は見えていないと思いますが、すばらしいことに三段オチぐらいの展開が期待できるお徳用地雷です。 厄介ごとは、まだまだこれからですよ」

 憤懣やるかたなしといった口調で噛み付いてくるアデリアをいなしながら、クーデルスは良く出来ましたといわんばかりの顔で微笑む。


「その顔、私がいつ気づくか試していましたね? きぃぃぃぃぃっ、なんて憎らしい」

「あと、言っておきますがこれは応急処置ですよ」

 自分が作り上げた金属の薔薇を見て、クーデルスは肩をすくめる。


「なにぶん、ただの金属ですからそのうち錆びて使い物にならなくなります。

 気づいているとは思いますが、空を飛ぶ魔物には効果がありませんしねぇ。

 つまり、ちゃんと村人の手でメンテナンスできる防御方法を別に考えなければ意味がありません」

「い、言われてみればそのとおりですわね。 ついでに貴方、自分の力を派手にみせつけて部下の支持を集めようと思ったでしょ」

「ええ、その通りです。 当たり前でしょう?

 政治に関わるものは、ひとつの事で出来るだけの成果を期待するものです。

 まぁ、このぐらいは理解してくださらないと困りますね。

 ただ、先ほどのように自分の手に余ると思ったら遠慮なく敗北宣言してください」

「敗北……宣言!?」

 クーデルスの口から出た言葉に、アデリアは思わず口の中でその言葉を反芻した。


「最初に言ったでしょ。 この計画の中心に貴女を据えるつもりだと」

 つまり、先ほどまでさぼっていたように見えたのは、お前の力で出来るところまでやってみろというサインだったのである。

 すなわち、クーデルスに頼る事は、アデリアが敗北宣言をするのと同じこと。

 その屁理屈にも似た理論ロジックに気づき、アデリアの顔にサッと朱が走る。


「み、見てらっしゃい! 貴方の出番なんか、もう金輪際ありませんからっ!!」

 そしてアデリアは金切り声で気炎を吐き……クーデルスの思惑通りに村の再建事業へとのめりこんで行くのであった。

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