第62話

「ねー、何を考えているのか教えてくれるかなー?」

 クーデルスがしたり顔で満足していると、半ば呆れた顔をしたモラルが質問してきた。

 しかも、思いっきり抑揚のない棒読みで……である。


 そういった疑問が生まれるのは最初からわかっていたのだろうか。

 クーデルスは笑いながら答えた。


「彼女には、スタンピードへの対策の要となっていただきましょう」

「この、クーデルスめ! お前の血は何色だ!?」

「ひどい態度ですね、モラルさん。 まだ説明が途中ですよ?

 あ、血の色は春に咲くチューリップのような綺麗な赤です」


 彼の口から飛び出したのは、予想通りあまりにも突拍子で、そして残酷な方法。

 だが、その魔王らしい返答にさらなる疑問をはさむ者がいる。


「貴様の頭の出来がおかしいのは最初からわかっているが、こんなヤツが何かの役にたつのか?」

 こんな言い方をするのは一人しかいない。 ベラトールだ。

 だが、かの神が疑問を抱くのも無理はないだろう。


「こ、こんなヤツ……」

 相手が神とはいえ、あまりにもぞんざいな扱いに、女騎士が絶句する。

 しかし、クーデルスはちらりとそれに横目をおくっただけで興味を示さず、笑顔のままベラトールに答えた。


「ええ、もちろんですとも。 フラクタ君、ドワーフさん、アレを」

 その答えと共に、クーデルスの懐から飛び出した触手が一枚の大きな紙を広げる。

 さらにローブの足元から飛び出した居残り組のドワーフハムスターたちが、その場にいる全員に資料を配った。


 いったい何が書かれているのかと覗きこむと、それは件のスタンピードを起こしつつあるダンジョンについての資料ではないか。

 いったいいつの間にそんなものを作る指示を出したのかはわからないが、相変わらず用意周到な魔王である。


 そしてクーデルスはその資料と共に一枚のメモを差し出す。

 メモの内容を読み取ったモラルとベラトールは、無言で頷いた。

 どうやら、クーデルスは何かを企んでいるらしい。


 やがて、そのデータの中から真っ先に異常な点を拾い上げたのはモラルであった。


「あら、これ……やたらと種族が偏っているわね。

 オークとその眷属がほぼ80%ぐらい?

 たしかにオークはゾンビやゴブリンと並んで増やしやすいモンスターだけど、ここまで偏らせすぎると問題だわ」


 その指摘に、ベラトールもまた頷く。


「たしかにその通りだな。

 同じスタンピードでも、種族に偏りがあると対応もしやすい。

 種類が多いと、その分多様な対応方法が必要になるからな」


 人間からすると数だけでも手に負えない代物なのだが、神や魔王の視点からするとそうでもないらしい。

 会議の場に、気の抜けたような空気が広がる。


「その通り。 このスタンピードの特徴は、モンスターのほとんどがオークであることです。

 つまり、オークへの対策がメインとなる事はすぐにお分かりになるでしょう。

 そして、オークといえばアレですよ……うふふふふふふ」


 明言を避けたまま不気味な含み笑いをすクーデルスだが、その様子からモラルは何かを察したらしい。


「あぁ、噂に聞く"クッ殺"ってヤツね、 納得したわ」

「おや? まさかモラルさんの口からそんな台詞が聞こえるとは意外でしたね」


 一人で勝手に納得したモラルに、クーデルスは首をかしげる。

 男性の神格であるベラトールならばともかく、女性の神格であるモラルの口から出るのは妙な話だ。

 いったいどこでそんな単語を知りえたのだろうか?


「この前、エルデルがニヤニヤしながら何か読んでいるから気になって取り上げたのよ。

 そしたら、その手の春画だったのよね」

「それはそれは……ご愁傷様です」

「かわいそうだからすぐに返してあげたわよ? サナトリアに」


 苛めっ子気質のサナトリアにそんな者を渡せば、どういう結果になるかは想像に難くない。

 今頃、エルデルの趣味は村中の人間が知っていることだろう。


 もっとも、あのマニアックでムッツリスケベなエルデルのことだから、こんなものは氷山の一角でしかないとは予想できるが。


「なかなかの鬼ですね」

「うふふ、とても美味しい絶望だったわ」


 うちひしがれるエルデルを思い出し、モラルが舌で唇をなめる。


「おい、話を元に戻せ。 クッ殺とは何だ?」

 自分の知らない話題で盛り上がっているのが気に入らないのか、ベラトールが不機嫌そうに口を挟んできた。


「あぁ、そうですね。

 クッ殺というのは、女騎士を目にしたオークに関する、とある生理的現象から生まれた言葉です」

「オークに関する現象だと?」


 見た目に合わず好奇心が強く、学者気質でもあるベラトールが首をかしげる。

 どうやら、まったく聞き覚えが無いようだ。


「ええ、なぜかオークという生き物は高圧的な女と対峙すると、激しい性的興奮に見舞われるのです」

「ほう? オークにそんな性質があったとはな」

「一部の界隈では昔から有名な話でしてね。

 それで気になって調べてみたのですが、結果としてオークは二つの性癖を同時に内包しているという結論が出されました」


 むろん、地下出版関係の話なので、お堅い生活を送り続けているベラトールの耳に入るはずも無い話である。


「オークには相手を蹂躙したい、すなわち嗜虐趣味サディズモ

 そして相手から罵倒されたいという被虐趣味マゾキズモが同時に存在するのです」

 だが、クーデルスの広げた理論に、ベラトールは釈然としない表情を見せた。


「その二つは同時に存在しえる代物なのか? 正反対だと思っていたのだが」

「ええ、奇妙なことにその性癖はお互いを打ち消しあわないようなのです。

 ……とはいえ、当然ながら襲い掛かるオークを相手に強く罵倒できるような女性は多くありません。

 通常はただ悲鳴を上げて逃げ惑うだけです」


 ここまでくれば、話はそう難しくない。


「なるほど、そこで女騎士か」

「そうなのですよ。

 希少な女騎士は、オークにとって凄まじく強い誘引効果をもちます。

 それこそ、ダンジョンマスターの制御を簡単に外れてしまうほどに」

「そして、オークをこちらに有利な場所へと誘導し、一気に叩くという寸法だな。

 相変わらず腹黒いやつめ」


 我が意を得たりとばかりに笑顔を浮かべ、クーデルスが女騎士へと目線を向ける。

 その瞬間、女騎士の全身に悪寒が走った。


 彼女は理解する。

 自分は盛りのついたオークの前に投げ出され、それらを引き寄せるための餌にされるのだ。

 想像するだけでも、なんとおぞましいことか!?


「い……いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 すっかり人のいなくなった違法カジノの店内に、絶望に満ちた女の悲鳴がこだまする。

 だが、彼女に救いの手を差し伸べる者は誰もいなかった。

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