83話

「すぐに……別れる時がくるのでしょうね。

 貴女たちにとっては、まだ遠い未来の話でしょうけど」

 クーデルスにとっての時間の感覚は、おそらくアデリアとは違うものだろう。


 魔族の王族と竜の王族の混血である彼には、おそらく寿命というものがない。

 すでに400年以上生きている彼にとって、人間の一生という時間など、気づいたら終わっている程度の代物だ。

 実は見た目と実年齢がさほど変わらないダーテンにもその感覚はわからないのだが、おそらく十年もしないうちに彼もクーデルスと同じ気持ちを味わうだろう。

 それこそ、気が狂いそうなほどに。


 なぜなら、彼の隣を歩くアデリアと彼もまた、もっている寿命が違うのだから。


「さて、いつか別れが来るのは仕方が無いとしても、それまでに技術者を育てることで私達の名は永遠となり、出会いの意味は遥か後の時代にまで続くでしょう。

 そして、その輝かしい未来を生み出すための環境を作らなくてはなりません。

 ですが、その前に……」

 ふと歩みを止めると、クーデルスは傍に生えていた木を見上げ、そちらに向かって声をかけた。


「出てきなさい、エルデルさん。 意味の無い盗み聞きはやめなさいと何度いったら わかるのですか?

 貴方も関係者なのだから堂々と聴けばいいでしょうに」

「わかってないな。 相手に気づかれないようにして聞きだすから面白いんだろ」

 すると、ガサガサと木の葉のこすれる音を立てて、一人の青年が降りてくる。

 後ろにいたダーテンですら気づかないほどの、見事な隠形であった。

 だが……。


「私、最初から気づいてましたけど?」

 植物を己の目や耳のごとく扱うクーデルスにとって、木の葉の中は視界内と同じである。

 それを忘れていたのは、どう見てもエルデルの失態であった。


「ぐっ……とにかく、ガンナードからお前の動向から目を離すなって言われているんだ。

 前みたいに、ジャイアントリザードの木なんか作って、モンスターを大量に養殖なんかされたらたまらんからな」

 最近になってわかった事実だが、クーデルスはモンスターのクローンを生み出す樹木をつくり、秘密基地で運用していたのである。

 ガンナードの命令を受けたエルデルがクーデルスの秘密基地を探り、巨大な魔物が大量にぶら下がった巨木を発見した時は、しばらく現実であることを受け入れる事ができなかったものだ。


 少し前に短期間でジャイアントリザードを大量に繁殖させた秘密こそ、まさにソレである。


「なに、君、そんな事していたの? それはさすがにボクもドン引きなんだけど」

 隣の客人からそんな質問が飛ぶと、クーデルスは決まりの悪そうな顔であさっての方向をむいた。


「あ、あれは仕方が無いのです。

 そうでもしなくては、私のかわいいミロンちゃんのご飯がまかなえなかったのですから」

 なお、その技術はすでにガンナードによって強制的に吐き出され、現在は普通に牛や羊のクローンを複製し、他の領地に売り飛ばすことで大きな資金を稼ぎ出している。

 ガンナードたちが例の王太子奪還の報酬として、クーデルスから搾り取ることの出来た唯一のまともな報酬と言ってもいい。


「そ、それよりもエルデルさん。

 あんまり変なことをしていると、そのうちに腕前のあがったダーテンさんあたりに曲者として成敗されますよ」

 実際、彼が夜中にアデリアとダーテンが一緒に生活している屋敷に侵入ようとし、その情事を盗み聞きしようと計画していることをクーデルスはしっかりと察知していた。

 その微妙な言い回しを察知して、アデリアとダーテンの訝しげな視線がエルデルに突き刺さる。


「ふ……その時はその時よ」

 ニヒルな笑みを浮かべてそう言い放つものの、やっている事は変態だ。

 おそらく、そう遠くない未来にダーテンから神罰が落ちることだろう。


「さて、エルデルさんの、おそらくは短い生涯についてはおいといて。

 実は他にもまだ見せたいものがあるんですよ」

 そういいながらクーデルスが取り出したのは、真っ白な紙だった。

 光沢があり、ちょうど雑誌のカラーページに使われているような紙だ。


「これです」

「これは……紙かい? こんな艶々して手触りのいい紙は初めて見たよ」

 そう、この世界でも紙はすでに作られているが、それは一部の国や地域の秘匿技術であり、しかもザラザラとして色もやや黄ばんでいるものである。

 このように白くてサラサラした手触りの紙は、まだどこにも流通していなかった。


「はい、紙です。 問題は、その材料なんですよ」

「材料?」

「ええ。 実はこれの材料の一つが、サトウキビの搾りかすなんです」


 まさか、そんなゴミから?

 そう口にだしかけて、客人はあわてて言葉を選び始めた。


「実際に見たほうが早いでしょう」

 客人の様子に苦笑を浮かべると、クーデルスは彼らを伴い、サトウキビから砂糖をとるための実験場へと足を踏み入れる。

 そこには、クーデルスが雇ったのであろう奴隷たちがサトウキビからその汁を取り出す作業に従事していた。

 本来、この作業は真冬の最中に行われる代物なのだが、植物を自在に操るこの魔王には関係などありはしない。

 客人やアデリアは砂糖を作る工程にも興味を持っていたようだが、クーデルスが案内したのはその次の場所。


「実は、サトウキビから製品を作るに当たって、問題となるのが大量に発生するその搾りかすなんですよ」

 作業場の隅にうずたかく積まれたそれは、茎の潰れたサトウキビの残骸……見た限りゴミとしか思えない代物である。

 こんなものから、あの綺麗な紙が?

 その場にいる誰もが、そう心の中で呟かざるをえない。


 その反応を満足げに見守ると、クーデルスは口元を笑みにゆがめて説明を始めた。


「このサトウキビの搾りかすの事をバガスと言うのですが、これが実に面白い代物でしてね」

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