84話
「本来ならばただの産業廃棄物なのですが、なにぶん植物なのでよく燃えるのですよ。
使い道を考えるなら、まず燃料として使うことを思いつくでしょうね」
日干しにされてカラカラに乾いたそれは、たしかによく燃えそうだ。
しかし、これを燃料として売り出すのはどうだろうか?
樵を雇って木を斬る金が要らないので輸送コストのみというのは魅力だが、すぐに燃え尽きてしまいそうな見た目はどうにも頼りない。
そして商品とは、性能と同じぐらい見た目も大事なのである。
「まぁ、これは輸出用ではなく、サトウキビの汁を過熱したり、各家庭の調理用の燃料などとして考えています。
あまり売り物として魅力を感じてくださる人が少ないようなので」
燃料としての価値をバッサリと切り捨てると、クーデルスはドアを開けて隣の建物へと足を伸ばした。
「他にも蝋燭の原料にも出来るのですが、ちょっとこのあたりでは必要な材料が揃えにくいので、こちらの生産は考えておりません。
さて、次はいよいよ問題の紙です」
そんな台詞と共にクーデルスは足を止める。
そして目の前にある大きな水槽を皆に示した。
「簡単に手順を説明しましょう。
まず、バガスを細かく粉砕し、お湯で煮込んでドロドロにします。
さらに塩素で漂白し、ここにでんぷん糊とステキな白い粉をまぜて薄く伸ばせば紙になるんですよ」
「えらくざっくりした説明だね。
そのステキな白い粉っていうのは何だい?」
一箇所だけわざと雑に紹介した部分を、客人はすかさず問いただす。
付き合いの長いアデリアやダーテンはすぐに理解したが、どうやらクーデルスはあまりそれについて詳しく話しをしたくないようだ。
「……どうしても知りたいですか?」
「これでもこの国の責任者だからね」
未練がましくゴネるクーデルスだが、さすがに今回は相手のほうに言い分がある。
彼はこれ見よがしに大きくため息をつくと、部屋においてあった戸棚から一枚の丸めた紙を取り出した。
そして、その紙を机の上に広げ、全員に見えるようにする。
最初にそれが何かを理解したのは、アデリアだった。
「これは……この周辺の地図ですわね。
何箇所も印がしてあるのは何かしら?」
さすがにこの村の公的な書類を扱うだけあって、このあたりの地理には詳しくなったのだろう。
「それはね、アデリアさん。 カオリンの産出する場所なのです」
「カオリン?」
聞きなれない単語に、ほとんどの者が首を捻る。
もっとも、地属性の神であるダーテンが知らないはずはないのだが、こちらは大して興味を示していない。
彼にとって、地から成る物はすべからく無尽蔵に作り出す事ができるからだ。
そしてダーテンを除けば、それが何かを知っていたのは客人の男のみであった。
「なるほど、理解した。 クーデルス君は陶芸家をこの地域に呼びたくないのだね」
「まぁ、そういうことです」
客人の言葉に、クーデルスはしぶしぶといった感じで頷く。
だが、客人はむしろ興味を惹かれたらしく、体が少し前のめりになっていた。
「この地域で取れるカオリンはそれほど質が良いのかい?」
「まぁ、ご覧ください」
客人にそう答えると、クーデルスは地図を入れてあった棚を再び開く。
そして取り出したのは、目が痛くなりそうなほど真っ白な石。
目の前にその石が差し出されると、なにやら酸味を帯びた臭いが漂い始めた。
とはいえ、そう嫌な臭いでもない。
臭い自体もかなり弱いものだ。
その石を手に取るなり、客人は興味深そうにそれを手に取り、表面を指でなぞったりしてその質を調べ始める。
目に興奮が見られるところを見ると、どうやらかなり良いものらしい。
「なぁ。カオリンって何だ?」
エルデルは、先ほどから関心を示していないダーテンに話を振った。
「あー、まぁ、そんな珍しいものじゃないっしょ。
白くて柔らかい石で、長石っていうどこにでもあるような白い石が、地の底から湧き出る高熱のお湯で変質したってかんじ?」
「問題は、その質なんですよ」
その台詞の後を、今度はクーデルスが『自分の役目を勝手に奪わないでください』といわんばかりに強引に引き継いだ。
「銅の鉱脈があるから、たぶんその副産物としてあるんじゃないかと思って探りを入れたのですが、予想を遥かに超えて品質の良いものが出てきちゃいまして」
「全くだね! まさか我が国にこれほど高品質のカオリンが産出するとは!!
ひどいじゃないか、クーデルス君! こんな話なら、もっと早く教えてくれてもよかっただろうに!!」
クーデルスの台詞に反応し、完全に我を忘れた客人が叫ぶ。
「うわー ものすごい食いつき方」
「噂には聞いていましたが、この方、陶芸品の熱心なコレクターなんですよね」
あきれ返るダーテンに、クーデルスが肩を落としてため息をついた。
おそらくこの展開が予測できていたがゆえに、色々ともったいぶったのだろう。
「その話なら私も聞いた事がございますわ。
ですが、陶器を作るための材料がこの国では手に入らないため、国外に行くたびに大量の陶器をご購入になるとは伺っておりましたけど」
「なんというか、質は良いのですが埋蔵量がわりと心ともないんですよ」
アデリアの呟きに、クーデルスがさらにため息をつく。
だが、そこで目を輝かせたのはダーテンであった。
「なんだよ、兄貴。 みずくせーな。
そういうことなら、俺に任せてくれてもいーじゃん」
他にはアデリアぐらいにしか聞こえないような声で、彼は囁く。
むろんエルデルの耳は魔術で封じたあとだ。
たしかに、地の神でもあるダーテンに任せれば、この地に金脈ですら生み出すことも出来るだろう。
「問題はそれだじゃないんですよ。 カオリンの鉱脈が増えても、この方がねぇ……その分陶芸に力を入れそうな気がして。
陶芸って、うっかりすれば山を丸裸にするほど燃料を使うんですよ。
だから、ほどほどにさせておかないと、いろいろとまずいんです」
サトウキビの搾りかすを使えば燃料問題も片付くのかもしれないが、それはそれでクーデルスの目的である製紙業の材料がなくなってしまうのだ。
ある意味、同じものを消費して出来上がる双子のような産業といえなくもない。
「とりあえず話を続けましょう。
先ほどのつややかな紙は、カオリンの粉とでんぷんから作り出したラテックスを混合したものを塗布して作るのですよ。
ローラーの間に出来上がった紙を挟みこんで、液体を塗布する……キャストコーターという機材にかけるんですけどね。
これによって平滑性、インキ受理性、光沢、白色度、不透明度が格段に向上するという……」
「兄貴、もーちょい簡単に」
完全に自分の世界に入りかけたクーデルスを、ダーテンが即座に引き戻そうとする。
「つまりですね、ペンの滑りが良くなって、インクが滲まなくなり、表面がツヤツヤで綺麗になって、その白さも増すし、背面が透けなくなるんです」
改めてその利点を語りながら、クーデルスは完全に自分の世界に没頭しつつあった。
「私はね、紙を大量生産することで、本をたくさん作ることをしたいのですよ。
そうすれば、知識を多く残す事ができますからね。
知識は力です。
さらには活版印刷という技術も憶えていただいて、この国を知識の泉へと変えたいのです。
この知識の泉から、さらに多くの知識と富が生まれ、この国を発展させてゆくでしょう。
だが、それをやるのは私ではない」
そこで言葉を区切ると、クーデルスはいとおしそうに目を細め、アデリアとダーテンを見つめた。
「それは、アデリアさんとダーテンさんの子供、そのまた子供たちの役目としましょう。
私は、未来と言う輝かしい花畑の……その礎となるものを整えたいのです」
そう熱く語るクーデルスだが、アデリアとダーテンは違うことを考えていた。
――この男のやる事は確かに意義のあることだが、絶対にどこかで脱線し始める。
ならば、それを未然に防ぐことこそ自分の使命に違いない……と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます