22話
日も暮れて藍色に染まる空の下、光を放つ花々が荒れ果てた村を幻想的に染め上げる。
そんな美しい光景に囲まれながらも、ダーテンは言いようのない不安に襲われていた。
だが、このまま手をこまねいても事態は悪くなるだけでしかない。
「はっ、てめーが何しようが、ぶっ殺せばおわりじゃんかよ! くたばれ、オッサン!!」
拳を握り締めたダーテンが、花畑を散らしながらクーデルスに迫る。
直感ではあるが、実はそれが最適解であった。
「嫌ですねぇ、暴力に訴えるしか戦う方法のない方は。 お子様ですか」
迫り来る圧倒的な暴力。
だが、クーデルスは指で眼鏡の位置を直し、唇の端を笑みの形に吊り上げる。
「クーデルス!」
「団長!!」
アデリアや団員たちが悲鳴を上げる中、パァン!と、何かが破裂したかのように大きな音が鳴り響いた。
そしてその一撃の余波が衝撃波となり、土砂を巻き上げながら周囲に吹き荒れる。
「……そんな」
アデリアは激しく吹き寄せる土埃の中、がっくりと地面に膝をついた。
常識的に考えて、第二級の闘神に殴られて生き残れる存在など、太古より生きながらえし龍の真祖か、忌まわしき魔帝国の主ぐらいのものだろう。
だが、その土埃が風に吹き払われた瞬間、彼らの目に入ったのは驚くべき光景であった。
第二級の闘神であるダーテンの拳を、クーデルスが片手で受け止めていたのである。
「テメェ……本気で何者だよ、マジふざけんな!!」
「いやぁ、危ない危ない。 狙い目は非常によろしかったですよ? ですが、私を一撃で仕留めるには色々と足りませんねぇ」
次の瞬間、クーデルスから濃密な殺気を感じ取り、ダーテンは跳ぶように距離をとった。
その寸前までダーテンのいた空間を、クーデルスの回し蹴りが死神の鎌のように刈り取る。
「おや、勘のよろしいことで。 でも、それは悪手だと申し上げましょう。
貴方が自分のやり方で戦いたかったならば、私の蹴りなど恐れずに拳の届く距離で戦うべきだったのです」
クーデルスが呟いた瞬間、咲き乱れる花々が一斉にその輝きを強めた。
その時、ダーテンは理解する。
この花はただの光る花ではない。
複雑な術式を圧縮した、魔術文字の代用品であることを。
「うわっ、なんじゃこりゃ! これ、良く見たら花で描いた魔法陣じゃねぇかよ!
お前、こいつを使って何をする気だ!? この術式、まさか……」
クーデルスの意図の一部を読み取り、ダーテンはその端正な顔を青くする。
「おや、お分かりになりましたか? 思った以上に優秀な方ですね。
ふふふ、こんな事もあろうかと、昼間の土木作業のうちに仕掛けておいたのですよ」
クーデルスが指をパチンと鳴らすと、魔法陣の中央から巨大な豆の蔓が天に向かって延びていった。
そしてしばらくすると、その先端が光り輝きながら別の空間へと入り込んで行く。
「そうです……これは天界から神を無理やり呼び出して受肉させる術式ですよ。
あぁ、選択肢は私にありますから、間違ってまた男神を呼び出すようなヘマはありえません」
「ひ、ひっでぇ! 俺達神を何だと思っていやがる!? くそっ、なんつー頑丈な術式だよ! ぜんぜん解呪出来ねぇっ!!」
必死でクーデルスの魔術を解除しようとするダーテンだが、そもそもが専門外である上に、クーデルスにはたっぷりと下準備をする時間があったのだ。
そんな代物を力技や即興で解呪出来るはずも無い。
「神に対してですか? 別になんとも。
残念ながら、信仰心なんて種族的に持ち合わせてはいないもので」
クーデルスは明日の天気についてでも語るかのように、神への信仰を否定した。
そもそも魔族には信仰と言う概念が存在しないので、これは当たり前の反応である。
「ちくしょう! 地獄に帰れ、この魔族が!!」
「そうですねぇ、困ったことに帰れないんですよ。 帰りたいと思ってもね」
うなだれるダーテンを見下ろしながら、クーデルスは苦い感情の混じった笑みを浮かべた。
だが、その自嘲的な言葉の意味を正しく理解するものは、ここにはいない。
ただ、触れるべきではない心の傷があるのではないかと推測をするのみである。
「さて、もうお分かりでしょう? この戦い、拳を交える前から貴方は負けていたのですよ。
この村に神は一柱で十分。 新しい神が降りてくれば、あなたは用無しです」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ! くそっ! くそがぁぁぁぁっ!! こんなのありかよ!!」
クーデルスの勝利宣言に、ダーテンは悔しげに地面を殴りつける。
「卑怯だぞ、オッサン! こんなのずるいだろ!! お前も男なら、拳で戦えよ!!」
「なぜそんな事を? 私は争いが嫌いなんです」
涙混じりの抗議に、クーデルスはシレっとした顔でそう答えた。
「だいたい、こんな平和な村に闘神なんか呼んでどうするんですか。
貴方が信仰を集めようと思ったら、戦場が必要になるでしょ?
この村に血なまぐさい神は不要なんです。
まさか、その程度の事も考えてなかった……なんて事はないですよね」
「うっ……」
その指摘に、ダーテンの顔が露骨に歪む。
そして彼はガックリと肩を落とし、目からポロポロと涙を流しつつ独り言のように語り始めた。
「初めてだったんだ……やっと人に呼ばれて、ようやく活躍できると思って、何も考えずに思わず降りてきちまったんだよ! 悪いか!!
俺だって好きで最初からこんな階級になったんじゃねぇよ! 強すぎるからめったなことでは呼んでもらえないとか、第二級の神が降臨できるような街は全部他の神が守護しているとか、酷すぎるだろ!
地上に降りて、人間に一杯加護をあげて、感謝されてちやほやされたかったんだよ! 綺麗な巫女さんはべらせて、甘い情事を楽しもうと思ってたんだよ! 何がわるい!! 俺は神だぞ!!」
歯を食いしばりながら力説する姿に、クーデルスは微笑み、その大きな手をダーテンの頭の上にそっと乗せる。
「悪くは無いですよ? 私だってちやほやされたいです。
綺麗なお姉さんは大好きですしね。 美女を横にはべらせて、自慢話してウハウハしたいですよ。
ですが、そうしてもらいたいならば、場所や相手の事もちゃんと考えてあげないとダメみたいなんです。
そうでなきゃ嫌われてしまいます。
なんでも、そういう人は裏で色々と悪口を言われちゃうらしいですよ?」
「それは……なんか嫌だな。 俺は……みんなに心から好きだって言われたい」
クーデルスの諭すような言葉に、ダーテンはポツリとそんな台詞を呟いた。
そしてクーデルスもまた大きく頷く。
「ええ、私もです。 私も早く恋人を作って、恋と言うものをしてみたい」
「ぶっ、なんだよその乙女みたいな夢。 だっせぇ!」
拳を握り締めつつ真面目に語るクーデルスだが、それを聞いたダーテンは思わず噴出してしまった。
「笑わないでくださいよ。 真剣なんですから」
クーデルスもまた苦笑いを浮かべると、ふと思いついたようにこんな提案を口にする。
「とりあえず、今抱えている案件が終わったら、一緒に違う場所に行きましょう。
そもそも、こんな辺境の村では大した娯楽なんかありませんからね。
ここの守護神になるのは、おそらく貴方にとっても不幸でしかないでしょう」
そんな言葉に、ダーテンはそういえばそうだったと大きく頷く。
「まずは……大金を稼いで大きな国の花街に行くなんてどうです? 綺麗なお姉さんをいっぱい呼んで、気の済むまで楽しむんですよ。
そして、そんな生活をしながらゆっくりと貴方が満足出るような街を探すのです。
お互い、寿命なんて腐るほどありますしね」
「おお、なんかすっげー楽しそう! オッサン、いっちょそれ頼むわ」
互いの目をキラキラと少年のように輝かせながら、第二級の若き闘神と、冴えない中年の姿をした最強のバケモノは硬く握手を交わした。
そんな二人の横で、天に伸びていた豆の蔓が、桃色に輝く光を抱いて地上に戻ってくる。
クーデルスは後ろにいる団員や村人たちに振り返ると、唖然としている彼らにも聞こえるよう、大きな声で叫んだ。
「さぁ、この村にふさわしい女神の降臨です。 皆で祝いましょう!」
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