21話
その日の夕方……村の治安の回復を急ぐアデリアは、周囲の心配をよそに神降ろしの儀式を開始した。
祭壇の前には、乏しい物資をかき集めて用意した供物が詰まれ、その周囲を神秘的な香りが取り巻いている。
だが、儀式を解してすでに一時間。
未だに神が降りてくる気配は無い。
「やっぱり、国一番の悪女が神を呼ぶとか、ありえないようなぁ」
「あの女、神にも嫌われているんじゃないか?」
いつまでたっても神を呼べないアデリアの後ろで、そんな囁き声がボソボソと呟かれる。
――神よ、なぜ来てくださらないのです?
アデリアは心の中でそう叫んだ。
条件はそろっている。 その存在も確かに感じられる。
だが、いくら呼びかけても応えてくれない。
まるで、アデリアの声を避けるように。
――私は……本当に神に嫌われているのだろうか?
そんな風にアデリアの心が折れそうになっているその横で、クーデルスはこっそりと冷や汗をかいていた。
――これ、神が降りてこないの、私のせいですよね。
人とほぼ同じ姿をしていても、クーデルスは魔王である。
現魔帝王ですら知らない話だが、実を言うとその実力は最上位の神々にすら匹敵し、歴代の魔帝王と比較しても確実に上回るほどの魔力の持ち主だ。
そんな人物がいる祭壇など、生半可な神では怖くて近寄れるはずも無い。
ましてや村の祭壇に招かれるような神は、間違いなく低級の神である。
かといって、さすがに自分の気配を神々にも分からないようにするような手段をとれば、効果が強すぎてアデリアや他の団員たちにも違和感を抱かせてしまうだろう。
――となると、上級の神々を呼ぶしかありませんね。
だが、クーデルスの気配に怯えないとなると、上級でもかなりの実力者と言うことになる。
「……アデリアさん。 そろそろ手をかしましょうか?」
「絶対にお断りですわ!」
クーデルスの提案に、アデリアはキッと眦を吊り上げて拒絶を叩き付けた。
おそらく、先日の敗北宣言の話が後を引きずっているに違いない。
――けれど、それも計算のうちです。
クーデルスはアデリアの拒絶の声に重ね、囁くようにして短い詠唱を解き放つ。
「
その瞬間、祭壇を飾る花が一輪増えたのだが、誰も気づく者はいなかった。
クーデルスの咲かせた花は、たっぷりと魔力のこもった供物であると同時に、場のエネルギーを変質させて上位の神のすまう領域とのつながりを持たせる効果がある。
そしてアデリアが再び神への呼びかけを行った。
「――来る!」
ハッとした顔でアデリアが顔を上げ、周囲の人々が驚きと共に祭壇に目を向ける。
「なに……これ? 気配が強すぎる!
中級神? いいえ、これは上位神! なぜ!? 私はそんな方々など呼んでいない!!」
頭上から押し寄せる力の渦の大きさに、思わずアデリアが悲鳴を上げた。
「この気配、おそらく第二級の神ですね」
クーデルスは近づきつつある力の強さを元に、やってくる神の等級をそう判断する。
なお、神には九つの階級があり、第二級の神とは上から二番目と言うことだ。
第三級からは上位神と呼ばれ、本来はそれこそ大都市の君主が大規模な祭りでも執り行いでもしない限り、人の用意した祭壇に降りてくることは無い。
だが、現実としてやってきた神は間違いなく第二級の階級に属するだけの力を持った神であった。
「だ、だだだ、第二級!? そんな馬鹿な!」
「不味いぞ! そんな神は我々の手に余る! うかつに祭って怒りを買いでもしたらこの村は……いや、この領地は終わりじゃぁぁぁ!!」
あまりにも予想外な神の降臨に、村人も団員も怯えて叫び声を上げる。
だが、この神の訪れを取りやめる権利など、彼らには無い。
やがて祭壇の上には光が満ち溢れ、光が収縮して人の姿を結んだ。
そして祭壇に招かれた神の第一声は、以下のようなものであったという。
「ウェーイ! めっちゃ美人じゃん! 君が俺の神官? うひょーマジすげぇ! 最高じゃねぇの!」
アデリアと村長の前に立ったそれは、金髪碧眼、日に焼けてはいるものの白人系の肌を持つ若い男の姿をしていた。
見た目の年齢は、おそらく10代の終わりぐらいだろうか?
アイドルのような甘く端正な顔、そして屈強なアポロン像を思い出させる筋肉の盛り上がった体。
ある意味で、男性から見た自分の理想像のような存在だろう。
だが……その服装はかなり不味かった。
その身をつつむのは、股間を僅かに隠す程度の白い紐パンツ。
尻など、ほぼ丸出しである。
「あ、俺はダーテン!
そして自分に視線が集まっていることを確認すると、歯を光らせながら笑顔でポーズをとって己の筋肉を強調する。
どう見ても、重度のマッチョ系ナルシストであった。
……おまけにその性格が軽い。 あまりにも軽い。
その神のまとう雰囲気は、街でナンパに勤しむ兄ちゃんと全く同じ匂いを漂わせている。
「え、なに、なんでみんなすごい残念そうな顔してんの? そこの眼鏡の人とか特にすごい顔してるんだけど」
ほら、もっと盛り上がって崇めてよといわんばかりにジェスチャーを繰り返すのだが、彼の望む反応はひとつも返ってはこなかった。
かわりに、クーデルスが真剣な顔をして、地を震わせるような声で叫ぶ。
「チェンジ!!」
次の瞬間、他の面子も我に返った。
「チェンジ!」
「チェンジ! 異議なし!!」
「異議なし!」「異議なし!」「異議なし! チェンジで!!」
クーデルスの後に続いて、次々とそんな声が沸きあがる。
第二級の神に対してとんでもない無礼な行為であるのだが、人々に
「ちょっと! ちょっとまって! お前等、俺のどこが不満なんだよ!! 太陽神にして闘神だぞ!?
なぁ、おい! 格好いいだろ、俺! このすごい筋肉、見てよ!!」
盛り上がった自分の二の腕をペチペチと叩きながら、さすがに焦った顔でそう告げるダーテン神だが、クーデルスたちは次々に容赦ない答えを彼に返す。
「不満? 男であるところですかね?」
「軽そうな男は好みじゃないわ」
「マッチョすぎる人はちょっと……」
最後の村長の台詞で、ダーテン神はガックリと膝をついた。
どうやら、マッチョ否定は彼にとって致命傷であったらしい。
「そんなわけで、お引取りください。 あと、出来れば変わりに美人で色っぽい上級の女神をご紹介していただけるとありがたいです」
「チェンジとかマジ無理だし! 俺、受肉しちゃっているし!!」
手でシッシッと追い払うジェスチャーをするクーデルスに、ダーテン神は涙交じりの声で叫んだ。
受肉とは、本来が精神生命体である神をこの世界の物質に閉じ込める行為である。
死ぬまで天に帰れないなどといった、生き物としての制約こそ受けるものの、地上においてきわめて安定した存在となることができるのだ。
そして副作用として、地上の生物との間に子供を作る事ができるようになるため、地上の生き物と恋愛をしたい神々からは非常に好まれる行為である。
ただし、そこにいたるまでに必要な魔力は、単純な召喚のおよそ二乗。
第二級の神の受肉に必要な魔力など、おそらくクーデルスでもなければ即決で支払えるような代物ではない。
「……ちっ、受肉とは面倒な。 てっきり女神が来るかと思って魔力を奮発しすぎましたか」
「そこ、なんかすっげー悪いこと考えてないか!? 今、ヤバいぐらい邪悪な気配がしたんだけど!!」
舌打ちをするクーデルスを、すかさずダーテン神が咎める。
だが、そんな彼をしても見抜く事はできなかった。
クーデルスが、彼の想像を絶する、まさに魔王としか言いようの無い企みを胸に抱いていたことを。
「こうなっては仕方がありません。 この村には、美人で魅力的な女神が必要なのです。
貴方には、強制的にそこから退いていただきましょう」
「マジかよ!? まさか、この俺と戦うつもりとか! 第二級の闘神であるこの俺と!? ありえないんだけど!!」
そんな言葉とは裏腹に、ダーテンはクーデルスから人間ではありえない強大な力を感じ取っていた。
――こいつ、人間では無い!
少なくとも……第二級の神であるこの俺と比較しても遜色がないほどの強大な力。
まさか、人に化けたドラゴン?
いや、気配からすると魔族の王か!? それにしても強すぎる!!
気を抜けば本当に殺されるぞ!
自らの生命を脅かすほどの力を前にして、ダーテンの股間を守る紐パンツがきゅっと小さくなる。
「ふふふ、恐ろしくてタマが縮み上がっているようですねぇ。 情けない」
「う、うるせぇ! マジむかつく!! お前、何なんだよ!! その力、ぜってー人間じゃねーし!!」
ダーテンの台詞に、クーデルスはただ人差し指で眼鏡の位置を直すと、強大な魔力を周囲に放ちながら告げた。
「それは秘密です」
次の瞬間、荒れ果てた村全域が一瞬で色とりどりの花に覆われ、お花畑と化した。
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