59話
クーデルスの案内でやってきたのは、村から街に行く途中にある林の中であった。
たいして広くも無い場所であり、まばらに生えた木々の向こうには広々とした草原が広がっている。
「まさか、こんなところに?」
「誰もそう思わないからこそ、何かを隠すのに適しているのです」
そこは村からも歩いて30分程度の距離であり、散歩に行くとでも言えばたぶん誰も疑わない。
だが……。
「つーかよ、何も無いようにしか見えないんだが?」
「そうですよ? だって、隠してあるんですもの」
つまらないといわんばかりに不満げな台詞をこぼすサナトリアだが、先頭を歩くクーデルスは気にするどころか振り向きもしない。
やがてクーデルスは、林の中ほどにかかると、一本の大きな木の前で立ち止まった。
そしてそのままコテンと仰向けに倒れると、あっけにとられている背後の連中に向かって暢気な声で告げる。
「あ、みなさんそこに寝転がってください」
「……意味がわからんのだが」
「おい、エルデル。 素直にそうしたほうがいいぞ」
どこか面白がるようなサナトリアの声に、エルデルは不満を口にしつつ振りかえる。
「いや、いくらなんでも……って、どこに行ったサナト?」
気が付くと、エルデルは林の中で一人ポツンと佇んでいた。
いったい、他の連中はどこに行ったというのだろうか?
自慢の耳をすませても、話し声どころか呼吸の音すら聞こえてこない。
「俺か? クーデルスの隠し研究所の前にいるぞ。
まったく……何をどうしたらこんな事が出来るのかと言うまえに、考え方が盲点と言うか、本気で頭おかしいだろ」
「いやぁ、褒められてもお茶ぐらいしか出せませんよ?」
「安心しろ、褒めてねぇから」
声はするのだが、周囲には誰もいない。
エルデルはその不気味さに鳥肌を立てて震え上がっていた。
――なんだよ、これは?
そこに姿がなく、全く存在を感じないというのに、声だけが聞こえてくる……まるで幽霊のようだ。
だが、こうして恐怖で震え上がっていても意味が無い。
エルデルは意を決して地面に座り込むと、そのまま仰向けに寝転んだ。
次の瞬間、彼の視界がグルリと回転するかのような動きを見せる。
いや、動いているのは自分の体か?
寝そべっていたはずなのに、足で床に立つ感触がある。
そして気が付くと、目の前には全く予想もしない光景が広がっていた。
「うわぁっ、なんじゃこりゃあ!!」
あのクーデルスの研究所だというから、どんな醜悪で凄惨な光景が待っているかと思いきや……エルデルの目に入っきたのは、青空の下に広がる色とりどりの色彩。
赤、白、ピンク、マゼンダ、黄色などの華やかな色合いの花でできた壁がそびえたち、その向こうから笛の音を思わせる鳥の声が響いてくる。
思わず『天国』……と言う言葉を口にしかけて、エルデルは自分が今、不気味な植物知性体に占拠されたダンジョンにも等しい血なまぐさい場所の前に立っていることを思い出した。
「ようこそ、私の隠し研究所へ。 ここは少し特殊な呪詛を仕掛けてありまして、3つの条件を整えなければ探知魔術にも引っかかりません」
唖然とするエルデルを振り返り、クーデルスが聞かれもしないのに自慢話をしゃべりだす。
研究者ならずともありがちな性癖だが、彼もまた自分の成果を語るのは大好きな性質であった。
「一つは体の軸を地面と水平にしていること。
二つ目は一定の高さより低い場所にいること。
最後は、ここに異次元空間への入り口があると知らされていること……って、皆さん聞いてますか?」
だが、その声にこたえるものはいない。
誰もが目の前の光景に魅入られているのだ。
「すまない。 思いもよらない光景だったせいで、少し言葉を失っていた」
最初に口を開いたのはガンナード。
想像した場所とのギャップが激しすぎたのか、未だに頭痛をこらえているかのような顔をしている。
「まぁ、ややこしいことは別にどうでもいいじゃねぇか。
とっとと中に入る算段をつけようぜ。 おい、エルデル。 斥候はお前だろ? さっさと仕事しろよ」
空気を読まないサナトリアが、バシッとエルデルの背中を平手で叩く。
その衝撃で、ようやくエルデルは現実に戻ってきた。
「お、おぅ……わかった。 だが、事前にもう少し情報がほしいところだな」
「では、向こうの東屋に行って腰を落ち着けましょう。 このあたりの花鳥園エリアはまだ彼らの勢力化ではありませんので」
「花鳥園エリアは……?」
クーデルスの台詞に、誰もが一瞬嫌な予感を覚える。
「ちょっとお待ちになって! この研究所、どのぐらい広さがおありになるの?」
「さぁ? とりあえず内容としては大まかに5つですね。
趣味で作った花鳥園エリアのほかは、作物試験場エリア、薬学研究棟エリア、倉庫エリア、居住区エリア。
あまり考えずに空間を捻じ曲げて作りましたので、けっこう贅沢に敷地がありまして……その一つ一つが、たぶんライカーネル領がすっぽりと入るぐらいの広さがありますよ」
つまるところ、ここは小さな国にも匹敵するとんでもない敷地を持つ空間と言う事になる。
それこそ、この少人数ではどうにも出来ないぐらいに。
「なんてこと……」
「おい、この人数でそんな場所を攻略できるのか? むしろ、攻略の定義をどうするんだ?
拠点を作って維持したりする事も必要だとすると……たぶん軍が必要だぞ、これは。
しかもこの広大な空間と地の利を活かして、相手がゲリラ戦術でもしてきたら手におえない。
少し計画を練ったほうがいいような気がするんだが」
だが、そんな疑問と共に振り返ったガンナードに対し、答える者は一人もいなかった。
計画を練る前に、何をどうして良いか見当もつかなかったからである。
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