60話
彼らがその敷地の中にある東屋に近づくと、そこを根城にしていた色鮮やかな鳥たちが一斉に逃げ出した。
「こんな無粋な用件で鳥達の平穏を乱したかと思うと、なんだか罪悪感をおぼえますわね」
「仕方がありませんよ。 近くには他に話し合いをするのに適した場所は無いんですから」
逃げて言った鳥達の後ろ姿を見送りながら、アデリアが居心地の悪そうな声で眉をしかめると、クーデルスは眼鏡の位置をなおしながら醒めた口調で言い返す。
「しっかし、現実とは思えない景色だな。 とりあえず良い意味でだが」
周囲を見渡し、ガンナードがため息をついた。
一見して美を堪能しているように見えるが、その頭の中ではここを観光地や別荘として売りに出したらどれだけの利益が上がるかと考えているのを知っているため、隣を歩くサナトリアは冷ややかな目をしつつ地面にツバを吐く。
「事件に決着つけたら、ここで飲み会でもやらね? 俺、自分家の鶏〆て提供しちゃうんだけど」
この、やたらとお気楽な発言はダーテンのものだ。
おそらく、この場所を一番純粋に楽しんでいるのは彼だろう。
そのお気楽な発言を耳にしたアデリアは、ため息をつきながら前を歩くクーデルスの背中をにらみつけた。
「美しい事は認めますけど、作ったのがコレですもの。 どこにどんな落とし穴があるかわかりませんわよ」
「コレとか言わないでください。 微妙に傷つきます」
「むしろコレで十分だろ。 諸悪の元凶」
「……拗ねていいですか?」
「貴様にその権利は無い。 キリキリ案内しろ!」
東屋のドアを開けながらジト目で文句を呟くクーデルスの尻を、駆け寄ったサナトリアが安全靴で蹴り飛ばす。
南国の花々が咲き誇る花鳥園に、ゴツンと岩をぶつけるような音が響き渡った。
そんな時である。
少し歩きつかれたアデリアが顔を上げ、果てしなく続く庭園を見据えてふとこんな台詞を口にした。
「ふと気になったのですが、この花鳥園エリアだけでも横断するのに数日はかかりますわよね?
何か移動手段は用意して無いのかしら?」
全員の歩みが止まり、クーデルスの背中に視線が集まる。
「それだ! おい、クーデルス。 お前、そのあたりわざと隠しているだろ!」
「人聞きが悪い。 エルデルさんやガンナードさんたちが慎重に移動したがっていると思ったから余計な事は言わなかっただけですよ」
考えてみれば、こんな馬鹿げた広さを誇る場所を徒歩で移動するというのは効率が悪すぎた。
「とりあえず、この調子で移動していたらいつまでかかるかわからない。
移動手段があるなら、使いたいものだな」
「その点についてはエルデルに同意だ。 さぁ、さっさと白状してもらおうか」
それまで周囲の気配を探るべく沈黙していたエルデルまでもが不満を口にすると、その尻馬に乗ったサナトリアがクーデルスの尻を蹴りながら自白を迫る。
「まったく、人をさんざんにけなしておいて言う事はそれですか?」
「自業自得だ」
思わず文句を口にしたクーデルスだが、回りから異口同音に同じ事を言われて肩をすくめた。
「まぁ、いいでしょう。 ……おいで、ミロンちゃん」
「み、ミロンちゃんだと!?」
「まさか、アレを呼んだのか!? 最近姿を見ないと思ったらこんなところに!!」
それは、少し前にクーデルスが猫と間違えて捕獲してきた災害指定の凶悪モンスターの名前である。
いつの間にか姿が見えなくなっていたのでガンナードも胃を傷めていたのだが、まさかこんなところで耳にするとは思ってもいなかった。
「くっ、何か来る! かなりデカいぞ!!」
エルデルの警告に、クーデルス以外の全員がいつでも動ける体制をとる。
やがて遠くから何かの巨大な威圧感が押し寄せ、ふとその気配が消えたと思った瞬間に上から何かが降ってきた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
悲鳴をかき消すかのように地響きと振動が押し寄せ、土埃は砂嵐となって視界を奪う。
そしてもうもうたる煙を掻き分けて現れたのは……体長30mほどはあろうかという巨大なサソリであった。
「ぎゃあぁぁぁぁ! 進化してるし巨大化している!!」
現実を受け入れた瞬間、ガンナードが胃のあたりを押さえながら崩れ落ちる。
もしかしたら、ついに吐血したかも知れない。
「よーしよし、いい子ですねミロンちゃん。 さぁ、彼が来たからにはもう何も心配ありませんね。
皆さん彼の背中へどうぞ。 プランは移動しながら考えましょう」
「ンなもの、乗れるか!」
「何をおっしゃるんです! いいですか、ミロンちゃんは多足歩行!!
しかも、戦闘力が高いので敷地の中をうろついている魔物も寄ってこないし、いたとしても一瞬で挽肉に変えてくれます!
馬なんぞとは、いろんな意味で安定感が違うのですよ!」
「やかましい! 存在自体が不安でしかねぇよ!!」
クーデルスとサナトリアが不毛な言い争いをしている間、アデリアは呆然とミロンちゃんの巨体を見上げ、これってどこにつかまれば背中まで這い上がれるのかしら……と考えていた。
あまりにも常識からはずれた場面に直面すると、人間は一周回って前向きになれるのかもしれない。
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