第102話

「し、知らないです! そんなこと、ぜんぜん聞いてない!!」

「知っている奴もみんなそう言うんだよ。

 さっさと吐いたほうが身のためだ……」

 鬼のような形相でアモエナに迫る兵士だが、突如として大きな手が兵士の顔を掴んでその台詞を遮る。

 

「ちょっと、そこの貴方。 顔が近いですよ。

 うちのアモエナさんが怖がっているでしょ」

「な、なんだお前は! くそっ、他のヤツは何してやがる! あいつら、見張りをさぼりやがったのか!?」


 突然の事に驚く兵士だが、その闖入者は胡散臭い笑みを浮かべてその問いに答えた。


「私ですか? この子の保護者です」

「クーデルス!?」


 やっと現れた助けに、アモエナの顔が喜色に輝く。


「あと、貴方の同僚の方ならさぼってなんかいませんよ?

 ほら、この騒ぎにやっと気づいたようです」


 その言葉通り、隣の部屋に控えていたほかの兵士が怒声を上げながら次々に飛び込んできた。


「貴様、何者だ!」

「どうやってこに入り込んだ!!」

「なんで今頃気づくんだよ! おかしいだろ!

 隣の部屋を通らずにどうやってここまできたんだ!? ここも密室だぞ!!」

 そう。 この完全に閉ざされた密室に入るには、隣室の兵士の前を通らなければならない。


「ふふふ、ここまでやってきた方法については秘密です。

 手品の種を聞くのはマナー違反ですよ?」

 どうせクーデルスのことだから、いずれにせよまともではない方法を使ったまでは間違いなかった。


「くっ、進入者め、覚悟しろ!」

「さてはお前も隣国の間諜だな!?」

 だが、そんな物々しい様子にもクーデルスは全く反応を示さなかった。

 まるで兵士たちが目に入っていないような態度で、彼はアモエナに語りかける。


「さぁ、そろそろお遊びはお仕舞いにしまょう。

 身の丈に会わないことをすればどうなるか、よくわかったでしょう?

 帰りますよ」

「ううっ、でも……」


その時である。

詰め所の外から、聞きなれない大きな音が聞こえてきたのは。


「なんだ、この音は」

「何かの鳴き声か?」


「おい、もしかして例の生き物か?」

 その言葉に、アモエナの勘が働いたのであろう。

 彼女は兵士の横をすり抜けて駆け出した。

 さらにその後ろをクーデルスが無言で追いかける。


「おい、お前、どこに行く! 取調べはまだおわってないぞ!」

「それはまた後で! もしかしたら、ウフィッツィーさん行方がわかるかも!」


ピーピーと悲鳴のような音を頼りに、アモエナは声の主を探した。

やがてたどり着いたのは、兵士の詰め所の近くにある溜池。


騒ぎを聞きつけたのか、すでに野次馬が大勢集まっている。


「一体何が……って、なにこれ?」

見れば、白黒の巨大な生き物が溜池の中で暴れている。

よく見ると、そのヒレに何かがくっついているではないか。


「……蛇?」

 誰かがボソリと呟いた。

 言われてみれば、たしかに蛇がその生き物のヒレに噛み付いている。


「えーっと、これ、どうしよう?」

「とりあえず、あの蛇をどうにかしたほうがいい?」


 やがて疲れたのか、しばらくすると蛇も謎の生物もぐったりとして動かなくなった。

 そこへ兵士が恐る恐る近寄って、謎の生き物から蛇を引き剥がす。

 幸い、毒蛇ではない。


 その時であった。


「ぴぎゃぁぁぁぁぁ!」

 突然、謎の生物は威嚇の声を上げ、その鋭い牙をむきだしにしてクーデルスに襲い掛かかったのである。

 あわや大惨事と思いきや……。


「おや、熱烈な愛情表現ですね。

 よろしい、存分にかわいがってあげましょう」

 クーデルスはなぞの生物の巨体をがっしりと受け止めると、さらに背後に回り込み、子供には見せたくないような手つきでねちっこく撫で回しはじめた。


「うふふふ、これはですねぇ、シャチと言ってここからずっと北にある海の生き物なのですよ」

 解説を加えながら、満面の笑みでその生き物を撫でまわすクーデルス。

 とうぜんながら謎の生物――シャチは嫌がって暴れまわり、野次馬たちのところまで水しぶきの雨を降らせた。


「あれ、にゃんこ?」

 気が付くと、アモエナと一緒にいた猫が、先ほどの蛇と一緒にその様子を遠巻きに見ている。

 げんなりとした表情といい、仕草といい、どちらもやけに人間臭い。


 その様子を見て、アモエナは一つの確信をいだいた。


「ところでさ、このでっかい生き物……ウフィッツィーさんだよね」

「はぁ?」

 隣にいた兵士から、何言ってんだこいつといわんばかりの声が漏れる。

 だが、代わりにクーデルスがその動きを止めてアモエナの方を見た。


「おやおや、アモエナさん。

 いったい何を根拠におっしゃるのですか」

「だっていま、びくっとしたよ。

 クーデルスじゃなくて、そこのシャチって生き物が」

「まさか……」

 兵士と野次馬がそろってゴクリと唾を飲み込む。


「やれやれ、劇団関係者のくせに演技がまるでできないだなんて、情けないですねぇ」

 クーデルスはあえて否定せず、大げさに肩をすくめた。


「バレたんだし、もう呪いを解いてあげたら?」

 アモエナがそう促すと、クーデルスはつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「いいですよ? どうせ、こんなものはおまけですし」

 クーデルスがそう告げた瞬間、蛇と猫の体が光に包まれた。


「おぉぉ!」と周囲の者が歓声を上げる中、光が消え去る。

 そして彼らは人の体を取り戻した。

 ……ただし、全裸で。


「やっと戻れた!」

「畜生、よくも俺を蛇なんかに変えてくれたな!」

 前者のセリフはガタイの良くいかつい顔の中年男で、後者は筋肉質ではあるが均整の取れた体つきの色男である。

 彼らが王立舞踏団の一員であり、団長と看板俳優であると知ったのは後の話だ。


 集まった野次馬のうち、女性陣からは歓声にも似た悲鳴があがり、男性陣からは露骨にテンションの低い声が……と思いきや、男性陣の視線は別のところに釘付けであった。


「いやぁぁぁぁぁぁ!」

 溜池から聞こえてきた悲鳴に目を向けると、そこには二十歳過ぎぐらいの女性が裸でうずくまっている。

 あれはいったい誰だろうか?

 心あたりは一つしかないが、頭が理屈を受け入れない。


 そんなアモエナの隣で、兵士が叫んだ。


「見つけたぞ! ウフィッツィーだ!!」

「じょ、女性?」


 すると、背後から肯定の言葉が響く。


「そう、女性よ」

「カッファーナさん!?」

 そこには、いつの間にか駆け付けていたカッファーナが腕を組んで立っていた。

 だが、どうにも腑に落ちないことがある。


「前に、口説かれたって言ってなかったっけ」

 すると、カッファーナは当然のようにこう答えた。


「そうよ? だって彼女、女性しか愛せないし」

 思わずウフィッツィーのほうに視線を移すと、彼女は毛布にくるまりながら兵士に抱えられて連行されてゆくところであった。


 そしてアモエナのすぐ近くを通り過ぎた瞬間、ウフィッツィーがぼそりとつぶやく。


「あ、ありがとう。 あの恐ろしいい悪魔に命令して呪いを解かせるなんて……素敵……」


 一瞬で石像と化したアモエナの横で、クーデルスがため息をついた。

 こんなセリフを添えて。


「おや、一目ぼれされちゃったみたいですね」

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