97話
その頃、ダーテンは危機に瀕していた。
「染まれ、ダーテン! 我等がサナトリア様のために!!」
「させるかぁぁぁぁっ!!」
刷毛と刷毛がぶつかりあい、周囲に染料の飛沫が飛び散る。
見世物であるがゆえに不殺のルールが導入されているにもかかわらず、そこには命の取り合いかと思うような緊迫した空気が流れていた。
「そこだっ!」
「ぐぁっ!? 馬鹿な! 刷毛の切っ先が見えなかっ……た……」
ダーテンの振るう刷毛が、相手の体を一瞬で全身を塗りつぶす。
そして、光とともにその場から消え去る少女。
だが、ダーテンを囲んでいるのはその少女だけではなかった。
ダンジョンの闇の中に、無数の目が光る。
彼女たちは、サナトリアに忠誠を誓い、堕落してしまった美少女たちだ。
「くそっ、これじゃキリがない!!」
叫びながらまた一人、少女を塗りつぶすダーテン。
人間ごときに武で遅れをとる彼女では無い。
だが、その肩にかかるタンクからは重みが次第に減ってゆくのを感じると、不安を感じずにはいられなかった。
「くそっ、こんなまねをして恥ずかしくないのかよ! サナトリア!!」
「おいおい、人聞きが悪いなぁ。 俺はちゃんとルールに乗っ取って、競技を楽しんでいるだけだぜ?」
ダーテンの叫びに、闇の奥からくぐもった笑い声が響く。
――サナトリアがこのまま単純な狩りだけで終わるはずが無い。
クーデルスの懸念どおり、現在のこのダンジョンは想定外の様相を見せていた。
なんと、サナトリアがこのダンジョンにいる選手の三分の一を配下とし、その組織力をもってダンジョンの一角を封鎖してしまっているのである。
そう、最下層へ続く唯一の階段の前を……だ。
さらに、サナトリアは自分の染料を配下に配布し、人海戦術でそのフロア全てを自分の色に染めさせてしまっている。
まさにラスボス。
悪のカリスマとして絶大な人気を誇り、大量のポイントと染料を得られるが故に可能な行動だ。
このままでは、サナトリアの優勝は確実である。
だが、彼の求めるものはそんなものではない。
「くくく、いい顔になってきたじゃねぇかよ、ダーテン。
だが、まだまだ怒りも、悪意も足りなねぇな。
理性なんてぶっ飛ばしてかかってこいよ!
それとも何か? バビニクの実の副作用で人間並みに体の力が制限されてしまった状態じゃ、怖くて戦えないって?」
そういいながらも、サナトリアは配下の人垣からは出てこない。
相手の身体能力と格闘センスから割り出される戦闘力が、未だに自分を上回っているのを知っているからだ。
そしてダーテンもまた、サナトリアが何か仕掛けを施していることを予想して、迂闊には踏み込めないでいた。
「ふざけんな! そんな事したら、お前の思う壺だろ!!」
「つまんねー奴だなぁ。 そういう堅いことばかり言ってっと、アデリアに飽きられっぞ?」
「や、ややや、やかましい! アデリアはそんな女じゃないしっ!!
くそっ、本来の体であればこんな奴!!」
サナトリアの露骨な挑発に、ダーテンの顔が青くなる。
そしてダーテンを精神的に追い込んで、自分と互角の状態にまでもってゆくのがサナトリアの狙いであった。
「くくく、動揺しているねぇ。 今のお前なら、俺にも勝ち目ありそうだよなぁ?」
「うるせぇっ! ゴチャゴチャ言ってないでかかってこい!! そっちがこないなら、こちらから行くぞ!!」
相手の思う壺ではあるが、このままでは埒があかないと判断したのだろう。
ダーテンは雄たけびを上げてサナトリアに襲い掛かった。
「はっ、はははは! やっべぇ! すっげぇ! 俺、ぶっ殺されそう!!
やっぱ喧嘩はこうじゃなきゃ面白くねぇなぁ!!」
「ちっ、不本意だが同感だ!」
カカン、カカカカン、と硬いものがぶつかり合う音が響き渡り、二人の振るう刷毛の切っ先はもはや目では追いきれないほどの速さになっている。
「ひぃっ、やべぇ! 下がれ!!」
「人間の喧嘩じゃねぇぞ、これ!!」
二人の攻防に巻き込まれそうになった連中が、あわてて距離をとり始めた。
だが、ときすでに遅し。
逃げようとした美少女が何人かがサナトリアから盾として使われて光と消える。
そして生き残った美少女たちが避難を完了し、このまま二人だけの世界に突入するかと思いきや……突如としてサナトリアが叫んだ。
「おい、水魔術班! 今だ、やれ!!」
その声に反応し、何人かの少女がハッとなって呪文を唱え始める。
「何をする気だ、サナトリア! 雑魚の手なんか借りてないで、正々堂々と……」
だが、ダーテンの台詞は途中で途絶え、即座にサナトリアから距離をとる。
その横を、真っ赤な奔流が通り過ぎた。
――これがサナトリアの秘密兵器!?
「くそっ、水魔術による水流操作か!!」
秘密兵器の正体を一瞬で見破ったダーテンが、歯軋りとともに呟く。
「ハッハァ、その通りよォ! クーデルスの作った怪しい薬品とはいえ、その本質は水。
だったら、水魔術で操ることの出来ない道理は無ぇ!!」
その頃、ダンジョンの外にある水幕では、サナトリアが吼える画面を背景に、クーデルスが解説を行っていた。
『とは言え、サナトリアさんの属性は火。
直接自分で水を操る事はできません
ゆえに彼は徒党を組み、新たなる戦術を編み出したのでしょう』
そんな解説をBGMにしつ、画面の中ではサナトリアの号令に従った美少女たちが赤い染料の矢を飛ばす。
その攻撃を必死で避けながら、ダーテンは猛然と襲い掛かるサナトリアを迎え撃っていた。
「ふはははは、楽しいなぁ!!」
「ちっ、確かに楽しいけど、負けるのは絶対に嫌だっつーの!!」
そう呟くダーテンの左肘はすでに真っ赤に染まっており、サナトリアの右胸もまたダーテンの放つ金色の塗料に染められている。
現状はほほど互角だ。
だが……。
『少しずつサナトリアさんが有利になってきていますね。
実戦であれば味方を巻き込むためこんな戦い方は出来ませんが、これはゲームです。
最悪、死ぬ事はありませんから思い切って味方を使い潰しても、指揮に影響は出にくい。
しかも自分の染料を浴びてもダメージ判定を受けないため、サナトリアを巻き込んだところで全く問題は無い……実に理に叶った戦い方ですね。
そして、サナトリアさんがこの程度の戦術で満足するはずが無いんですよ』
クーデルスがそう囁いた瞬間であった。
「そろそろ終わりにしようか、ダーテン」
「なんだと!?」
「楽しかったぜ……
サナトリアが唱えたのは、小さな爆発を生む初歩的な火の魔術。
「そんなもので何をしようと……」
だが、その瞬間予想外な展開が起きる。
爆発したのは、飛んで来た染料の矢であった。
「うおわぁぁぁぁっ!?」
爆発によって赤い霧状となった染料で周囲が埋め尽くされ、ダーテンの姿が悲痛な叫び声とともに見えなくなる。
『あぁーっと! これは勝負あったか!?』
水幕の前では大きな悲鳴が上がり、実況のガンナードの声が、広場に響き渡った。
……だが。
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