48話

「その通りですが、なぜそう思いました?」

 クーデルスがたずねると、アデリアは何か嫌なものでも思いだしたかのように顔をしかめた。


「あの忌まわしきダニのせいですわ。

 先ほど調査官の悪徳騎士たちが襲われたときに、彼らの身につけていた木綿の衣服は……それこそ下着すら容赦なく食い荒らされておりましたが、彼ら自身には傷ひとつございませんでしたの」

 そして彼女は自らの推論を口にする。


「つまり……あれは草食の生き物で、肉は食わない。 違いますか?」

 そう、つまりアレが大麻に反応したところで、人が骨にされることは無いのだ。

 アデリアの出した答えに、クーデルスは大きく頷く。


「いいえ、違いません。

 あれは植物性のモノだけを食べるように作ってあります。

 間違って大麻を口にした家畜が襲われてはたまりませんからね」

「そしてあの血液に得たものは、増殖したダニが分解された代物ですね。

 大方、そのまま肥料か何かになるといったところでしょうか」

「ええ、まさにその通りですよ」


 やっと気づいてもらえましたかと嬉しそうなクーデルスとは対照的に、アデリアの表情はすっかり沈んでいた。


 ――なぜ気づかなかったのだろう。

 そもそも、政治家としての見識を持ったクーデルスが、そんなわかりやすい危険性のある生き物を作るはずもないのだ。


 いや、なぜクーデルスを信じられなかったのだろう。

 おそらくそれが出来ていれば、答えにたどり着くのはもっと早かったはずである。

 本来ならば、弟子である彼女こそが、誰よりもクーデルスを信じなければならなかったのに。


 すると、横で聞いていたダーテンがチッと品のない舌打ちをした。

「じゃあ、やっぱり代官の奴はまだ生きているって事かよ」


 確かに、あの骨が代官のもので無いというのならば、その可能性が発生する。

 しかし、ダーテンの口からこぼれたそのとんでもない言葉にも、アデリアは反応を見せない。

 どうやら彼女もまた"真実"にたどり着いたようである。


「そういえばダーテン君はアデリアさんより先に真実に気づいたようでしたが、どうやって気づいたんですか?」

 ふと思い出したかのように、クーデルスはダーテンにたずねる。

 ダーテンはその逞しい肩をすくめると、つまらなそうに答えを口にした。


「骨格だよ兄貴。

 最初はわからなかったけど、最初からずっとぼんやりとした違和感を覚えていたんだ。

 ヒントを貰ってやっと気づいたんだけどさ、あの骨は代官の体つきと一致しないんじゃね?……ってな。

 たぶん、俺が見る限りあれは女性の骨だな。 男の骨とは特に骨盤が違う。

 俺みたいなのは、体つきからそいつの戦い方を想像する癖がついているもんだぜ?」


 なんて事をため息混じりに口にしながらも、よくよく見れば唇の端がニヤついている。

 アデリアより先に気づいたのがちょっと自慢げのようだ。


「やれやれ、身長だけ同じならば誰も気づかないとおもったんですがねぇ。

 その辺で野たれ死んでいた骨を修復しただけでは不完全でしたか」

「つまりあの骨は、代官が生きていることを誤魔化すために、貴方が外から持ち込んだものですね? クーデルス団長」

 ため息を吐いて反省をするクーデルスに話しかけたのは、アデリアであった。

 そして彼女は言葉を区切ると、クーデルスが代官を生かし、わざと死んだフリをさせたその理由を口にする。


「……この村の人間が、誰も人殺しにならないように。

 貴方はそのためにこんな面倒な事をしたのですね。 クーデルス団長」

 その言葉に、クーデルスは頷いた。


「その通りです。 私は誰も人殺しにはなってほしくなかった。

 だって、そんなの不幸にしかならないじゃないですか。

 そんな愛の無い展開は私の好むところではありません」


 だが、順調に進む復旧作業の水面下で、村人達の憎しみは代官を殺さずにはいられないほど燃え盛っていた。

 このままでは、近いうちに暴動と言う形で復讐に及ぶかもしれない。

 だが、どうすれば村人たちが納得する形でそれを防ぐ事ができるだろうか?


 そこでクーデルスは思いついたのだ。

 ――代官には、死んでもらおう。

 そう、死んだことにしてしまえばいいのだ。 なぜなら、死人はもう殺せないのだから。


 この村の人間たちから復讐を炎を消すには、これ以上確実な方法はないだろう。

 そして、それが事故死ならば誰の罪にもならない。


 だから、あの夜にクーデルスは一人で行動に出た。

 少し前の村の酒場で、あの英雄と呼ばれた短慮な青年が、酔った勢いで代官を殺すと宣言したときから。


 そう、実はアデリアたちが導き出した部屋への侵入方法は、村人のほとんどが最初から知っていた事だったのだ。

 そんな事すら口をつぐまれ、秘密になってしまうあたり、代官がいかに憎まれていたかが偲ばれる。


 そして代官がやってきたなら、村長の家の客間に泊まるのは決まっていた。

 さらに、代官はいつもすぐに部屋に閉じこもり、大麻を楽しんでいる間は自分の部屋に誰も入れない。


 ならば、そこに侵入する方法があれば、きっと代官を殺せる。

 そんなかなり具体的な殺害方法までをも口にした青年だったが、クーデルスからすると、実行すれば返り討ちになるのは目に見えていた。

 戦場帰りのオオカミと、イキった羊とでは最初から話にならないのである。


 ゆえにクーデルスは、事件当日に代官を暗殺しようとした青年を待ち伏せし、その意識と移動手段を奪った。

 そして代官の悲鳴が上がると同時に部屋に飛び込み、気絶した代官の身包みを剝いで白骨死体と入れ替え、代官に偽装した死体をダニの死体の溶けた水溜りの中に放り込んだ。

 部屋の床や天井にダニの融けた液体が付着しなかったのは、それがクーデルスの眷属であり、彼の意思によってスライムのように形を自在に変える事ができたからである。

 それがあの事件の夜におきた全てであった。


「あれ? 兄貴。

 部屋から逃げ出すときはどうしたんだ?

 いくらなんでも、一人乗り用の気球一個で、大の大人二人は飛べねぇぞ?」


 クーデルスの説明を聞き終えると、ダーテンがふと首をかしげてそう呟いた。

 あぁ……と何かを思い出したような声を上げると、クーデルスはなんでもないように種明かしをしてみせる。


「帰りは別に飛べなくてもよかったんですよ。 落ちる速度さえ緩やかになればね。

 あとは全力で跳んで出来るだけ離れた場所に着地すれば、誰にも疑われません」

 道理で窓の真下には何の痕跡もないはずだ。


「……なんて力技」

 たしかに人間では不可能な話かもしれないが、クーデルスの人間離れした脚力ならばそんな事もできるのだろう。

 軽く眩暈を覚えながら、アデリアはふと思い出したようにその計画のきっかけについて尋ねることにした。


「そういえば、いったい何があってこんなおかしなことを始めたのか気になりますわね。

 きっかけが全く想像も出来ませんわ。

 もしよろしければですけど……いつから計画を思いついたのか伺っても?」


 すると、クーデルスは彼女が思いもよらないことを話しだしたのである。


「きっかけは結構前ですね。 奴隷商館の女中さんの中に、この領地から来た人がいたことでした。

 始めて彼女と会ったときに、この代官の悪行を教えてもらったんですよ」


 まさか、かつて自分の寝泊りしていた商館にそんな人物が!?

 思いもよらぬきっかけに、アデリアは思わず目を見開いた。


 だが、代官は人質をとって口を封じていたのでは?

 クーデルスは一体どんな方法でそんな事を聞きだしたというのだろうか?


 すると、彼はなんでもないことのように、こう説明し始めたのである。

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