49話
「私もまた不正なルートで売られてきた違法奴隷でしたから、彼女はこの領地から売り飛ばされてきたんじゃないかと思ったんでしょうね」
そんなクーデルスの言葉に、居合わせた面子は納得するものの、同時に別の違和感を覚えた。
「そ、そういえば貴方も違法にさらわれてきた奴隷でしたわね。
今となっては、どうやったら貴方を捕まえて奴隷に出来たのか、想像も出来ませんが」
むしろ何かの陰謀のために、わざとつかまったといわれたほうが納得する人も多いだろう。
「いやぁ、お恥ずかしい話です。 私もまだまだ未熟だったということですよ」
少し顔を赤らめつつ、クーデルスはボリボリと頭をかく。
まさか理想と現実のギャップに耐えかねて気絶したからだなんて、人に言えたものではない。
「まぁ、そんなわけでしてね。
もしかしたらライカーネル領から来たのかと聞かれたので、旅の途中でいきなり捕まったのですが、捕まった場所がそんな領地だったかもしれない……って答えたんですよ。
何せ、つかまった場所の地名なんて知りませんからね。 嘘では無いです」
おそらくは、そのまま事情をはぐらかせつつ、思わせぶりな言葉で聞きだしたのであろうか。
間違いなく希代の詐欺師であった育ての親の仕込みであろうが、全く油断も隙も無い変人である。
「そして彼女からこの領地の代官が村の人間を不正な奴隷として売り飛ばしている事を聞いていた私は、この村で災害があり、復興支援を求めているという張り紙を見て、ピンときたんです。
……これは使えるとね」
「い、いったい何に使おうと思ったんですの? 少し怖いけど、お伺いしたいわ」
すると、クーデルスはその太くて長い人差し指を、まっすぐアデリアに突きつけた。
「アデリアさん、貴女ですよ。 奴隷商館で燻ぶっている貴女を見て、最初から思っていたんです。
なんてもったいないとね。 大輪に咲き誇るヒマワリの花に、蘭を育てるような薄暗い温室は似合いません。
それならば、この人を一番輝いて見せるにはどうすればよいか?」
クーデルスが言葉を区切ると、その言葉に聞き入っていた二人がごくりとツバを飲み込んだ。
「仕事を与えるべきなのではないか……と思ったんですよ。
しかし、そこらの仕事では役不足になってしまいます。
ならばこの人をこの国初の女代官にしてしまおう。 私はそう思ったんです」
普通ならば、そう思ったところで夢物語で終わる話である。
だが、困ったことにこの男には、それを成し遂げるだけの能力が備わっていたのだ。
ならば、迷う理由は何一つ無い。 周囲の迷惑など、最初から気にもならないのだから。
「……と言うことは、貴方の計画はまだ終わったわけじゃないのですね。 クーデルス団長。
私はまだ代官になっていないし、そうすんなりと話が進むはずもありませんわ。
おそらく、貴方の頭の中ではこの領地の主である王太子と話をつける計画がすでに動いているのでしょう?」
「ええ、その通りです」
クーデルスが大きく頷くと、アデリアは自らの肩を抱いて僅かに身震いをした。
「私の師匠と見込んだ人ではありますけど、恐ろしい方ね。
いったい、その綺麗な目の奥でどれだけの策謀を描いてらっしゃるのかしら?」
翡翠のような色をしたクーデルスの目を覗き込んでも、その奥に悪意に満ちた陰謀は欠片も見えない。
むしろ包み込むような優しさと穏やかさを感じるだけである。
だが、この男には有り余るほどにあるのだ。
名誉を花のように開かせる力量と、富と言う名の実を結ばせる知恵、そして目的のためには手段を選ばない冷酷な毒が。
およそ、無いのはモラルや常識ぐらいだろうか?
「お伺いしたいことはまだまだありますのよ?
この復興支援団の軍資金といい、私達を奴隷として所有していたあの欲深い商人が、なぜこんなにも協力的だったのか……謎は尽きませんわ」
おそらく、クーデルスはまだまだ手札を隠している。
それは間違いない。
だが……
「あぁ、まだそこについては秘密と言うことにしておいてください。
そのほうが都合がいいので」
予想通りクーデルスは笑顔でその内容を伏せた。
「最後に聞かせてくれ」
すると、アデリアの質問が一通り終わったと感じたのだろう。
隣にいるダーテンが口を挟んできた。
「何ですか、ダーテンさん?」
「……死んだことになっている代官は、今どこで何をしているんだ?」
「彼ですか」
確かに、そこについてはアデリアも気になっていた所である。
すると、クーデルスは清々しいほどの笑顔でこう告げたのだった。
「モラルさんに欲望のほとんどを抜き取ってもらった上で、罪悪感だけを増幅してもらいました。
彼に許される喜びは、罪を償い感謝の言葉を受けたときだけです。
まぁ、それもすぐに罪悪感で塗りつぶされてしまうのですけどね」
……エグい。
アデリアとダーテンは、奇しくも揃って同じ言葉を胸の中で呟く。
それは、もしかしたら下手な拷問よりもキツいのではないだろうか?
「彼も今頃は、聖人のようになって辺境の開拓地で汗水流して働いているでしょう。
村長さんとその子供のためにね」
「……なんで?」
「村長さんとその子供のため? 理解できませんわ」
夢見るようなまなざしをしたクーデルスが不可解な言葉を口走り、アデリアとダーテンが揃って首をかしげる。
「代官には、最後の罪を償う時まで村長さんとその子供に会ってはいけないと約束させたんですよ。
いつか彼は、彼女たちに与えたもの以外の罪を償い終えて、最後の贖罪として彼女たちと再会し、許しを請うのです。
もしかして、そこから新しい恋物語が生まれるかもしれない……そう思うとワクワクするじゃないですか」
「……は?」
「何言ってんだ、このオッサン」
クーデルスの言葉に、ダーテンとアデリアはサウナ風呂の中にいながら一瞬で湯冷めしたような錯覚を覚えた。
彼女たちが許すはずないだろ、いきなり何をトチ狂ってた妄想を口走っているんだ、この男は!?
そんな場面が訪れたとしたら、新しい恋どころか……もしかしたら今度こそ殺人事件が起こるかもしれない。
そしてアデリアは思い出す。
あぁ、この人って根本的なところで価値観がお花畑でしたわね。
信じられないぐらい賢い人だけど、恋愛感覚だけはまるで恋に恋する子供よりも拙く見えますわ。
――やはり完璧な人など、この世にはいないということなのでしょう。
しかし、代官が聖人のようになったというのならば……おそらくクーデルスの夢はかなわない。
そんな清らかな人間が、長生きできるはずも無いからだ。
おそらく、代官はすぐに死ぬ。
……自ら愛した女と、その子供に再会することなく、甘い夢が砕ける苦しみを残しながら。
慈悲深いようで、なんと残酷な罰であることか。
「そんな日がくればよろしいわね」
クーデルスの誤算を指摘することなく、アデリアは優しく微笑んでそんな言葉を口にした。
まるでクーデルスのそんな欠点を、心から慈しむように。
「ええ、きっとそうなりますよ!」
そしてクーデルスはその整った顔に、まるで恋を覚え始めた少年のような笑みを浮かべたのである。
かくして、ひとつの事件が終わりを告げた。
誰の目にも涙の無い、ハッピーエンドである。
……ただし、一人の男の残酷な未来を除いては。
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