50話

 冒険者ギルドは閑散としていた。

 普段ならば依頼待ちの駆け出したちや、休息中のベテランたちがテーブルで酒を飲みながら盛り上がっているのだが、ここのところすっかり様子が様変わりしている。


 駆け出したちはとある村の復興支援に借り出され、ベテランたちは大掛かりな仕事に借り出されてほとんど不在。

 確実に大儲けをしているのだが、見た目は開店休業状態であった。


 そんなギルドの受付に、一人の男が暇そうに頬杖をついていた。

 いや、よく見ればこっくり、こっくりと頭が上下している。

 どうやら暇すぎて居眠りをしているようだ。


 サナトリアはそんな様子にため息をつくと、その見事なニンジン色の頭をかきむしりつつカウンターに近づく。

 そして護衛役として控えている男に目配せをしてから、テーブルの上にあった書類の束を掴むと、思いっきりカウンターで居眠りをしている男の頭に叩き付けた。


「うおぉぉぉっ!? なんだ! 何が起きた!?」

 スパァァンと個気味良い音と共にカウンターにいた男……このギルドのマスターであるガンナードは目を覚まし、目の前に機嫌の悪そうな親友の姿を見つけて引きつった笑みを浮かべる。


「よ、よぉ……サナトリアじゃねぇか」

「なにが"よぉ"だよ。 真面目に仕事しろ、ガンナード」

「いや、真面目にやって……はいたんだがな。 なにぶんする事が無さ過ぎてだな」

「まぁ、確かにそりゃそうなんだけどよ。 下ががむしゃらに働いている時なんだから、忙しいフリぐらいしろィ」


 そう言われると返す言葉もないのか、ガンナードは居たたまれない気分のままサナトリアから書類を受け取り、サインをする作業をはじめた。

 しかし大して数のない書類はすぐに尽きてしまい、何も無い机の上を見て再びため息をつく。


「……ヒマ過ぎる。 なんとかならんのか」

「文句はクーデルスに言え。 アレが全ての仕事を取り仕切っているのが原因だろ」

 ガンナードのため息に、サナトリアは若干の罪悪感をにじませた声でそう突き放した。


 なお、現在この冒険者ギルドはたった二つの仕事しか受けていない。

 ひとつはクーデルスがもってきた復興支援の仕事であり、もうひとつもまたクーデルスがもってきた麻薬組織撲滅の仕事である。


 どちらの仕事も、その報告のほとんどがクーデルスを介して行われている状態だ。

 グゥの音も出ないぐらいに整えられた書類には一切の無駄がなく、結果としてガンナードはする事がほとんどなくなってしまっている。


 なお、このギルドで引き受けていた雑多な通常業務は、全てこのギルドの影響下にある他のギルドが代行する手はずが整えられており、その手配もまたクーデルスの仕業だった。


「しかし、有能過ぎるというのも大概だな。 クーデルスの奴がどこの国の官僚だったのかは知らんが、これだけ仕事の出来る奴が抜けたとなると、後が大変過ぎるぞ」

 頬杖をつきながら、ガンナードがそんな愚痴をポロリとこぼす。


 ほぼ完璧なクーデルスの仕事の欠点をひとつ上げるとしたら、『有能すぎるところだ』というべきだろうか。

 これでは周囲を甘やかしすぎて、下手をすれば何も出来ない上司や部下が出来上がってしまうにちがいない。

 かといって、その仕事を他に回そうとすれば内容が高度すぎて他のものには手に負えず仕事の質の劣化を招き、貢献度が高すぎるので現場から遠ざける事もできないのだ……実に性質の悪い男である。


「そうてえばサナトリア。 お前のほうの仕事の調子はどうなんだ?」

「問題ない。 必要な数の奴隷が揃ったからもうすぐクーデルスのところに届けにゆくと報告に来たところさ」

 そう告げると、サナトリアは分厚い名簿を差し出した。

 そこには奴隷の名前と同時に、その奴隷が得意とする技術が記されている。


「よくもまぁ、これだけ職人の経験のある奴隷が集まったものだな」

 ガナンードが呆れたようにため息をつくと、サナトリアはたいした手間じゃなかったと肩をすくめた。


「なぁに、職人なんてストレスを溜め込んだ奴らばっかりだからな。

 盗賊ギルドの連中と利益を折半する約束で、イカサマ賭博を仕掛けて……あとは借金漬けにしちまえば奴隷契約なんざ簡単なことさ」

「おいおい、犯罪だろそれは。 職工ギルドや官憲に目をつけられていないだろうな?」

 思わず目を剥くガンナードだが、サナトリアはなんでもないとばかりに口の端で笑う。


「問題ねぇよ。 官憲のほうはクーデルスが見つけてくれた例のスポンサーが話しをつけてくれているし、ターゲットは職工ギルドの鼻つまみ者ばかりさ。

 根回しは実に簡単だったぜ」

「うへぇ、官憲も職工ギルドもグルかよ。 ひでぇ話だな」

 ガンナードも口ではそういうものの、実際には腹を抱えて大笑いだ。

 今頃はカモを大量に失って、カジノの連中が青い顔をしている頃だろう。


「だが、そんな連中を連れて行ったところで、職人として使い物になるのか?」

「それも心配ない。

 向こうには美人でおっかない女神様がいて、どんな犯罪者でも骨抜きにした挙句に聖人みたいにしちまうそうだ」

 なるほど、ガンナードが思いつく程度の問題はすでに対処済みであるらしい。


「次の目的は何だったっけ?」

「村を街にする事だろ?

 ほんと、アイツの考える事はいつも突拍子が無さ過ぎる」

 ちなみに、クーデルスから聞いている最終目的はそれよりもはるかに規模が大きい。 

 最初聞いた時はそんな事できるはずも無いと思ったものだが、この着実に前に進んでいる光景を見ていると、本当に実現してしまうのではないかと言う気分になってくる。


「しかも自分で指揮をとって、やりたい放題だもんなぁ。

 畜生、不自由なこの身が呪わしいぜ」

 それよりもなお、そんな大それた夢に向かって歩き続けるクーデルスの姿が、ガンナードにはとてもまぶしく思えた。

 ……ほんの少し、妬みを感じてしまうほどには。


 そんな鬱屈した気持ちを感じ取ったのだろう。

 サナトリアは、握手を求めるかのように彼へと手を伸ばした。


「……なんだよ、その手は」

「お前もこいよ、ガンナード」

「はぁっ? 何言ってんだよ。 俺はギルドマスターだぞ!?」

 だが、サナトリアはその体を横にずらし、誰もいない閑散としたギルドのロビーを彼に示す。


「そのギルドマスターの仕事も、開店休業状態だろ。

 どうせ仕事は全部クーデルスを仲介するんだから、向こうにいてもやる事はかわんねぇし」

「まぁ、それはそうなんだがな? 俺にも立場ってものがあってだな……」

 本音を言えば、今すぐこんな退屈な場所を飛びだしてしまいたい。

 だが、彼は自らの希望を打ち消すように、俯いて書類のなくなった机に目を落とす。

 すると、サナトリアは逃げるなといわんばかりに、彼の肩をがっしりと掴んだ。

 そして顔を上げたガンナードの目をまっすぐに覗き込んで告げたのである。


「つまらないこと言うなよ、親友。

 久しぶりに俺と現場で仕事をしないか?

 今の業務なら、他の連中に任せておいても問題ないだろ?」

 あぁ、ダメだ。

 この目を見ていたら、絶対に外に引きずりだされてしまう。

 親友の誘惑を振り払おうと、ガンナードは彼の目から視線をそらそうとした。


 だが、どうしてもサナトリアから視線をそらす事はできなかった。

 心魔中かに湧き上がる感情が、彼の動きを封じ込める。


「……ったく、相変わらず人を誘うのが巧いな。 人の弱いところをガンガンついてきやがる」

「ダメか?」

 しかし、サナトリアの目は『そんなはずは無いだろう?』と囁きかける。

 もう、限界だった。

 ガンナードは、握っていたペンを机の上に放り出し、両手を上げる。


「降参だ。 俺を連れて行ってくれ。

 書類相手の戦いにはちょっとうんざりしていたんだ」

 そしてお互いに笑顔になると、ガンナードはサナトリアの差し出した手を強く握り締めた。

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