47話

「本当に事故って事になっちまっただか……しんじらんねぇだよ」

 悲壮な表情ですごすごと王都に帰ってゆく調査官の後ろ姿を見つめながら、村人がコソコソと噂する。


「団長殿は、一体どんな手を使ったんだべ?

 ちゅーより、なんでそんな事ができるんだべ?」

「雰囲気暗ぇし、図体ばっかりデカいオッサンに見えっけど、あいかわらずやる事はバケモノじみた人だなや」


 調査官が残した最後の言葉は、この事件は事故であり、殺人事件ではないという言葉であった。

 村人たちは誰もが首を傾げる。

 いったい何をどうしたらこんな事ができるのだろうか?


 村人も、復興支援団の連中も、事情を知っているであろうアデリアとダーテンからその理由を聞きたくて仕方なかったが、その二人はえらく深刻な顔したまま押し黙っており、何かを聞ける雰囲気ではない。


 結局、事件の関係者からは何も聴けなかったハンプレット村の連中は、食堂でビールを片手にこの事件の真相を推理しあうようになる。

 それはあたかもケネディ暗殺事件のように、永遠に謎の陰謀劇として長く村民たちに語り継がれる娯楽となるのだが、それはまだ未来の話。

 

「兄貴、ちょっと風呂に付きあわないか?」

 調査たちを見送った後。

 クーデルスの後ろから、何の脈絡もなくダーテンがそんな誘いを口にする。


「かまいませんよ? ちょうど大きな仕事が片付いたところですしね。

 風呂でサッパリするのも悪くありません」


 だが、その時だった。

「私もご一緒していいかしら?」

 ダーテンのさらにその後ろから、思わぬ人物が参加の声を上げたのである。


「……アデリアさん?」

 ニッコリと微笑んでいるアデリアだが、その目は少しも笑っていなかった。

 むしろ獲物を狙う猛禽といったほうがしっくりと来るだろう。


「せっかくですから、今回の事件の答えあわせでもしませんこと?」

「駄目だといっても納得しそうにありませんね」

 ため息混じりにそんな台詞を吐くクーデルスへと、アデリアは無言のまま威圧するような笑みを向けた。


「わかりました。 サウナ風呂ならばいいでしょう」

 クーデルスは片手で顔を覆いながら、色々と諦めた声でそう返す。

 しかしその逆の手は、こっそり逃げようとしていたダーテンの服のすそをしっかりと握り締めていた。


「いや、兄貴、俺ちょっと急用が。 腹が痛くて頭痛と偏平足の発作が襲い掛かってとにかくヤバい状態なんだ。 ……頼むから見逃してくれ」

「どうせ逃げても別の機会に絡まれるだけです。 おとなしくついてきなさい」

 クーデルスにそういわれ、ダーテンはその逞しい背中を丸めて項垂れる。

 彼がクーデルスとアデリアに連行される姿は、屠殺場につれてゆかれる牛のようだった……と後に村人たちは語ったとか、語らないとか。


 そして三人は村の公共施設として作った大きなサウナ風呂に入ると、そこを貸切にして密談をはじめたのである。


 濛々と煙が上がる浴室の中。

 男ふたりが腰にパスタオルを巻いただけの姿で待っていると、ドアが開いて裸身にサウナ用のローブだけという、ある意味で扇情的な衣装のアデリアが現れた。

 そして、彼女はクーデルスのかわりに見覚えのない人物がいるのを見て、その可憐な顔立ちに怪訝な表情を浮かべる。


「……どなたですの?」

 アデリアが警戒心たっぷりに眉をひそめる先には、ダーテンの横にいても見劣りしない見目のいい美丈夫がいた。

 こげ茶の髪と翡翠のような色の目、状況からすれば素顔を晒したクーデルスと言うことになる。

 だが、普段のむさくるしい姿が頭にこびりついていて、この絵画から抜け出してきたかのような美中年とはどうにも頭の中でイメージが一致しない。


「いや……私ですよアデリアさん。 なんでいきなり不審人物を見るような目をして後ずさるんですか。

 それはこっちがローブから覗く肌に興奮したり歓声をあげたりした後の反応でしょ」

 謎の人物の隣で、ダーテンが腕を組んだままそうだそうだと大きく頷いた。


「……なぜ普段があんな感じなのかは存じ上げませんが、その素顔は完全に詐欺ですわね」

 鍛えられた裸身を晒しているのもあいまって、今のクーデルスは、全身から漂う色気が半端では無い。

 この見た目なら、いくらでも恋の相手は作れるだろうに……とは思ったが、なぜかクーデルスは機嫌が悪そうだ。


「ほっといてください。 さすがに風呂の中では眼鏡が曇ってしまいますから、仕方なくですよ」

 そういいながら、クーデルスは前髪かき集めてその涼やかな顔をわざとらしく隠し始める。

 どうやらいつもの姿に対して理解しがたい拘りがあるようだが、アデリアは面倒くさそうだからという理由で無視する事にした。


「まず、先日の話のおさらいからさせていただきますわね」

 ベンチの上に腰を下ろすと、アデリアは了承も得ずに答え合わせを始める。


「私達が最初から間違えていたというのは、犯人がどうやって代官を白骨にしたかを考えていたからですわ」

「……ようやくそこに気づきましたか」

 目の前の美中年は、嬉しそうな声を上げたのだが、アデリアの反応は微妙だった。

 声も口調も完全にクーデルスなのだが、目の前にいる人物がどうしてもクーデルスに見えず、アデリアは気持ちを落ち着けるために目をそらす。


 それをダーテンが微妙に面白くなさそうな目で見つめる中、アデリアは彼女が勘違いしていた謎について彼らに告げた。


「ええ、先ほどやっと気づきましたわ。

 私達が考えなければならなかったのは、白骨にした方法ではなく、なぜ白骨にしなければならなかったかだったのですね」

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