第45話

「ファンゴリアンのみなさん、お食事は終わりましたか?

 そろそろお仕事の時間ですよー」


 翌朝、クーデルスが声をかけると、森のあちこちから粗野な身なりの男たちが起き上がって蠢きはじめた。

 彼らは元盗賊……の成れの果てである。

 その証拠に、彼らの頭には真っ赤なキノコが生えていた。


 彼らが森で何をしていたのかというと、樹木から栄養を吸っていたのである。

 具体的にどうやって食事をしているかについては、あまり精神衛生上よくないので割愛しよう。

 むろん人間にそんな事が出来るはずもなく……もはや彼らは人間では無かった。


 ファンゴリアン……とクーデルスが名づけたこの生き物は、人とキノコを合成した生き物。

 ようするにクーデルスの玩具である。


 かつて彼らにお仕置きをしたとき、ウッカリ手加減を間違えることを恐れたクソ外道クーデルスは、彼らにその肉体を再生させるキノコの胞子を付着させていたのだ。

 この、姑息なまでの用意周到さこそがクーデルスの真骨頂である。


 しかも、その代償として肉体がキノコと融合し、人でなくなることをすっかり忘れていたのは言うまでも無い。

 このマヌケ具合もまた、クーデルスの真骨頂だ。


 なお、元々は傷の治療のためにクーデルスを呼び出した魔術師へのあてつけとして作ったキノコなのだが、100年近くも使う事が無かったので、すっかりどういうものなのかについての記憶が薄れていたようである。

 そんなわけで在庫処理に失敗し、ウッカリ作ってしまった眷族をもてあましていたクーデルスは、近くの森に彼らを召喚して護衛として使うことにしたのであった。


 その結果、ちょっとばかり不幸な事故があったのはご愛嬌と言う奴だ……と、クーデルスは考えている。


「クーデルスぅ、おなかすいたんだけど、朝ごはんまだぁ?」

「はいはい、いま準備しますよ」


 後ろから聞こえてきたアモエナの声に、クーデルスは笑顔で振り向いた。

 カッファーナによってふたたび糊付けされた前髪が、朝の光の中でペロンと揺れる。

 さて、今日の朝食は何にしようか?


 頭の中で手持ちの食材を組み立てながら、クーデルスはコテージのほうへと帰ってゆく。

 なお、そのあと朝食に出した真っ赤なキノコスープは全員から拒絶された。



**********


「さて、移動を開始しますか。 ミロンちゃん、お願いしますね」


 クーデルスが声をかけると、ミロンちゃんが嘶いて馬車が動き出す。

 かなり急な上り坂が続くのだが、全く問題にならない。

 先を行く馬車をすいすいと追い抜いてゆき、追い抜かれた馬車の御者の目を何度も丸くさせた。


 むしろ問題があるとすれば、下り坂である。

 下手に勢いをつけて走れば、何かあったときに急に止まれないからだ。


 そんなわけで難所ともいえる山をあっさりと越えたクーデルスたちは、特に盗賊や魔物に襲われることも無く、昼ぐらいには高原地帯へと到着していた。


 そして彼らがそろそろ宿泊する野営地を探し始めたその時である。


「うわぁ、綺麗!!」

 目の前になだらかな斜面が広がり、その広い空間を埋め尽くしていたのはピンクの捩子花ネジバナであった。

 まるで絨毯のように花畑が広がるその光景に、アモエナが思わず馬車から飛び降りて走り出す。


「アモエナさん、危ないですよ? 足でもくじいたらどうするんですか!」

「心配しなくても、そんなヘマしないし!」


 クーデルスを振り返り、アモエナが笑顔でそう言い返す。

 その時、ふとクーデルスは彼女が裸足であることに気が付いた。


「ミロンちゃん、とまってください」

 彼は何気なく違和感と不安を覚え、その意味を考えようとして馬車を止める。

 だが、答えに行き着くよりも早く、いつの間にか戻ってきたアモエナがその背中に抱きついてきた。


「ねぇ、クーデルス! 今日のキャンプはここにしよっ! いいでしょ?」


 無邪気に笑うアモエナに邪魔をするなとはいえず、クーデルスは苦笑いを浮かべながらため息をつく。


 もしも……この時、クーデルスが答えにたどりつけていたならば、もしかしたらこの物語はハッピーエンドを迎えていたのかもしれない。

 だが、そうはならなかった。


 運命と言うものがそう定まっていたからなのか、それとも魔帝王の呪いがそうさせたのか。

 いずれにせよ、幸せな結末を迎える事はもうできない。

 ここから少しずつアモエナとクーデルスの歯車は、破滅へと向かって回り始める。


 そんな未来を知るはずもなく……クーデルスはまとまりかけていた思考を中断すると、アモエナのわがままを叶えるために別の事を考え始めた。

 

「あまりキャンプに向いている場所ではないんですけどねぇ……まぁ、可愛いアモエナさんがそう言うならば、なんとかしましょう」

 空を見上げても、特に天候が崩れる気配は無い。

 見通しが良すぎて派手な事はやりづらいが、隠蔽の魔術を併用したりして色々と工夫をすれば快適な家を用意できなくはないだろう。


「では、今日の宿はあのあたりに作りましょうか。

 ドルチェスさんとカッファーナさんもそれでいいです……よね?」


 意見を求めるために後ろを見れば、同じように興奮したカッファーナがドルチェスに羽交い絞めにされているではないか。

 どうやらアモエナと同じタイミングでこちらも飛び降りようとしたらしい。


 なんとも大人気ない奴らしかいない一行であった。

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