第44話
「えっと、この泥をお湯で薄く延ばして、肌や髪に塗ってしばらく放置するらしいです」
椰子の実をくりぬいた手桶の中にガスールをいれ、アモエナはお湯と指でそれを練りながら伸ばしてゆく。
そして、ためしとばかりにカッファーナの手の甲にそっと塗ってみた。
「あ、これ、すごい! 粒が細かいというか、スゴクナメラカ!!」
興奮のあまり、カッファーナの台詞が途中から妖怪化する。
それほどまでに泥の粒子は細かく、その土がただものではないことを二人は否応無く思い知らされた。
「そういえば、こんな感じの泥を肌に塗るという美容法を聞いた事があるわね。
たしか、遠い国の王族たちがやっている美容方法だと聞いているけど」
そんな代物をなんでもないように出してくるのがクーデルスの恐ろしさである。
気づいたときには、贅沢に溺れて普通じゃ満足できなくなってしまいそうだ。
「あ、そうそう。
肌に塗ってヒリヒリするようならこっちの白い土を使ってくださいって言ってましたよ。
こっちはカオリンって言う名前だそうです」
しかも、それは以前ハンプレット村で取れたカオリンである。
陶芸や製紙業でも使用するカオリンは、クレイパックの世界においてはホワイトクレイの別名を持ち、とりわけ肌に優しいことで知られていた。
「ふぅん……ところで、これ全身に塗るのは難しいわよね?」
「そうですね。 背中とかちょっと辛いかも」
体の柔らかいアモエナならばともかく、微妙に運動不足であるカッファーナには背中のあちこちに手の届かない部分があった。
とはいえ、アモエナも背中をくまなく塗るのはなかなかに厳しい。
すると、カッファーナの顔にニヤッと危険な笑みが浮かんだ。
「……塗ってあげようか?」
「……えっ?」
何を言っているのかわからない。
だが、本能的に危険を察知したアモエナは光の速さで浴室の隅っこへと逃げだした。
しかし、カッファーナは容赦なく追いすがり、巧妙にその退路を塞ぐ。
そして泥パックの入った器に手を突っ込むと、ねっとりしたその物体を手で掬い、指先でわざとクチュクチュ音を立てた。
ここまでくれば、アモエナも何をされようとしているのか理解できる。
「きゃあぁぁぁぁ! やめてくださいカッファーナさん!!」
「うふふふふ、お肌スベスベねぇ。 羨ましいわぁ!」
「ひあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴を上げるアモエナに、カッファーナが容赦なく襲い掛かった。
カッファーナがアモエナのどこに泥を塗っているかについては、あえて想像にお任せしよう。
そして、しばらく不健全な方々にはとてもお聞かせできない声が響いた後、不意に沈黙が訪れた。
「アモエナちゃん。 今、ガサッて音がしなかった?」
「誰か……いるの?」
可能性があるとすれば、クーデルスかドルチェスだが、少なくともドルチェスは既婚者である。
さすがに嫁が他のおんなのこと入っている風呂場を覗くような事はしないはずだ。
だとしたら、クーデルスか?
いや。 もしもクーデルスならばもっと堂々と覗きに来るか、全く気取らせないかのどちらかである。
それに冷静に考えればここは街道から少し離れた森の中。
街道をそれた旅人や、山賊の類がやってくる可能性もあるのだ。
もっとも……用意周到なクーデルスがそのあたりの防御策を施していないはずも無いのだが。
腹黒いやり方に慣れていない女性二人では、とうていそんな考えには及ばない。
そして、女二人がどうしようか迷っている間にも、その森の中を移動する音は近づいてくる。
足音のパターンからして、靴を履いた人間。
しかも複数。
これは、確実に知らない奴らだ。
「アモエナちゃん、出よう。 服を着てコテージに逃げ込むか、助けを呼んだほうがいい」
「う、うん!」
カッファーナがアモエナの手を引いてその場から逃げ出そうとしたその時である。
ガサリと音を立てながら、見知らぬ男たちが茂みから姿を表した。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
恐怖にかられたアモエナとカッファーナの悲鳴が、夕暮れの森の中に響き渡る。
すると、即座に反対側からクーデルスが姿を現した。
「どうしました、お二人さん」
「へ、変な男たちが茂みから……」
「あぁ、彼らですか。ご心配なく。
彼らは敵ではありません」
「敵じゃない? もしかしてクーデルスさんのお知り合いですか?」
「アモエナさんもご存知の方々ですよ」
「え? し、知らないよこんな人たち!!」
「いや、それは無いはずですよ? だって、彼らは……私とタモエナさんが出会ったときにお仕置きした盗賊の皆さんですから」
「どういうこと?」
「私のお仕置きによって
ところどころ言葉に怪しい響きかあるところを見ると、たぶん何かやらかしているようである。
よく見れば、盗賊の男たちの頭に真っ赤なキノコが生えているではないか。
どう考えてもまともな状態ではない。
いや、それよりもまず確認しなくてはならない事がある。
アモエナたちが悲鳴を上げた後、なぜこんなに早く登場したか?
……についてであった。
「クーデルスさん、覗いてましたね?」
「失礼な! 私がそんな事をするとでも?」
カッファーナがジト目で睨むと、クーデルスは心外だといわんばかりの態度でそれを否定する。
「え? そうなの? 悲鳴を上げてから登場するまでが早かったからてっきり……」
素直に謝罪を口にしようとしたアモエナだが、次の台詞でそんな気持ちは粉々に消し飛んだ。
「そうですとも。 私は、アモエナさんとカッファーナさんのキャッキャウフフな声を聞いていただけです」
――いやぁ、おんなのこのキャッキャウフフって、本当にいいものですね。
クーデルスが昔の映画評論家の決め台詞のような言葉を口にすると、女性二人は揃って無言で拳を握り締めた。
あえて音だけで楽しむとは、実に高度な変態である。
「歯を食いしばりなさい」
「……はい」
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