第108話

「酷いじゃないですか。 人が専門外の事でこき使われている間にこんな楽しそうなことをするだなんて」


 数日後、ドゥロペアにやってきたドルチェスは、クーデルスの顔を見るなり挨拶抜きで不満を訴えてきた。


「おや、何のことです?」


 すっとぼけるクーデルスだが、本人も何のことかは察しているはずである。

 アモエナと一緒にやっている大道芸の事のほかに心当たりなどあろうはずもない。

 クーデルスのそんな態度に我慢しきれず、ドルチェスが直接そのことを口にする。


「アモエナさんの踊りですよ。

 ここに来る途中の船の中でも、その話題でもちきりでした」


 確かにクーデルスの誘いで始まった広場での踊りは想像以上に評判が良かった。

 ここ数日と言うもの街の広場は祭りの時期かと思うほど賑やかになっており、商業ギルドからもいつまでやる予定なのか確認がきたほどである。


「おや、そこまで有名になってしまいましたか。

 さすが私のアモエナさん」


 思わず顔をほころばせるクーデルスだが、そんな態度でドルチェスの機嫌が直るはずもない。

 すっと目を細めると、彼はトゲトゲしい口調でこう尋ねた。


「まだ貴方のものじゃないでしょ。 それとも、プロポーズでもしましたか?」

「……貴方、だんだん遠慮がなくなってきましたねぇ」


 むろん、プロポーズなどしていないのが前提の皮肉である。

 そんなやり取りをしていると、二人の声に気づいたのか宿屋の二階からカッファーナが降りてきた。


「あら、ドルチェス。 やっと向こうが片付いたの?」

「あぁ、カッファーナ。 本当に大変でしたよ」


 妻の顔を見て、途端に目尻が下がるドルチェス。

 愛の力はやはり偉大だ。


 すると、抱擁を求めてきたドルチェスの前にカッファーナは手紙を差し出す。

 そして言葉短くこう告げた。


「これ、アイツからの手紙」


 カッファーナから受け取ったドルチェスは、まず手紙の封に目を留めた。

 それだけで誰からの手紙なのか察したのだろう……眉間に皺をつくり、表情を歪ませる。


「アイツですか。 よくもまぁ、私に手紙なんか出せましたね」


 差出人は元王立舞踏団の団長だが、どうやらドルチェスはあまり良い感情は持っていないようだ。

 彼は手紙の封すら切らず、そのままそれを煙草用の灰皿に捨てる。


 そして備え付けの火口箱に魔力を注いで火を灯すと、その火種を手紙の上にポトリと落とした。

 とんだ黒山羊さんである。


「あら、やっぱりそうなるのね」

 黒く変色し、熱に煽られてめくれ上がりながら灰となってゆく手紙を眺め、カッファーナが呟く。


「当然ですよ。

 そんな事よりも、今日の公演はどうするんです?」


 すると、クーデルスが意外だといわんばかりに首をかしげた。


「ついてくる気ですか?

 到着したばかりだいうのに元気ですねぇ。

 ……今からですよ。 アモエナさんが衣装を選び終わったら出発です」


 程なくしてアモエナが合流すると、四人は強い日差しの中を連れ立って広場へと向かう。

 この炎天下にも関わらず、広場には彼らの登場を待つ観客がひしめきあっていた。


 そして今日の舞台も大盛況に終わり、あらかたの後片付けが終わった頃。

 木陰で涼んでいるアモエナに、クーデルスが飲み物を持って話しかけた。


「お疲れ様です、アモエナさん」

「あ、ありがとうクーデルス」

「ところで、つかぬ事を伺っても良いですか?」

「なに、改まって?」


 クーデルスはアモエナの隣に腰をおろすと、ふとそんな事を言い出した。


「なぜ、そこまでラインダンスにこだわるんです?」

「……好きだからよ」


 一瞬だけアモエナが視線をそらしたのを、クーデルスは見逃さない。

 大きく息を吐いてから、彼は重ねて質問した。


「それに納得できないから聞いているんですよ」


 すると、アモエナは答えのかわりに強張った顔でこんなことを言いだしたのである。


「じゃあ、答えを言う前に一つお願いを聞いてくれる?」


 その少し失礼な物言いに一瞬だけ鼻白んだものの、クーデルスは苛立ちを押えて頷いた。


「内容を伺いましょう」


 すると、アモエナはこんな奇妙なことを言い出したのである。


「一曲、演奏してほしい曲があるのよ」


 そう告げると、アモエナは鼻歌を歌いだした。

 テンポが速く、ずいぶんと明るい曲調である。

 だが、なぜかその曲を口ずさむアモエナの顔はひどく悲しげであった。


「まぁ、こんな感じの曲なんだけど、いけそう?

 私の鼻歌だけじゃだめなら、ドルチェスさんに聞いて」

「有名な曲なんですか?」

「私の生まれた地域では知らない奴なんて一人もいないわ。

 ドルチェスさんには、冬迎えの踊りだといえばたぶんわかるから」


 何か含みがあるものを感じたものの、おそらく問い詰めたところでアモエナは話そうとしないだろう。


「わかりました。 数日中には出来るようにしておきましょう」


 クーデルスは仕方なく頷くと、今聞いたばかりの曲をゆっくりとバンドネオンでなぞり始めるのだった。

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