第5話
「せっかくだから、腹ごなしも兼ねて踊りの練習をしませんか?」
クーデルスがそんな提案を持ち出してきたのは、奇妙すぎて味のわからない夕食が終わってしばらくしてからのことであった。
「うん、やりたい!」
特に悩む必要も無く、アモエナはその提案に頷く。
日はとうに暮れてしまい、曇り空からときおり覗く藍色の空には星が瞬いている状態ではあるが、その周囲は輝く
しかもその隙間からは癒しの光を放つタンポポが揺らめいており、すでに山歩きの疲れは完全に消えていた。
むしろ少し力が余ってしまい、ちょっと体を動かしたい気分である。
「じゃあ、クーデルスは手拍子をお願いできる?
本当は歌がほしいところだけど、たぶんうちの村のお祭りの曲なんて知らないと思うし」
アモエナが踊る事ができるのは、村の祭りで歌われていたいくつかの曲のみだ。
しかも、観光客を呼んで踊るわけでもないので、隣村で知っている人間が僅かにいる程度の知名度の曲である。
当然ながら、人の社会どころか魔界で育ったクーデルスが知るはずも無かった。
「いや、全く曲を知らないので手拍子のリズムもわかりませんよ」
「それもそうね。 じゃあ、あたしが歌いながら踊るから、クーデルスはそれを聞いてリズムを覚えてちょうだい。
慣れてきたら手拍子もお願いね」
「わかりました」
クーデルスが頷くと、アモエナは小さく鼻歌のようにメロディーを口ずさみながら足を動かしはじめた。
最初は花々の上を蝶が渡るようにささやかに、やがて
目を閉じて、笑いながら、くるくる、くるくると。
これが祭りの衣装であれば、裾が大きく舞い上がり、さぞや見ごたえがあったことだろう。
「どうだった?」
やがて一通り踊り終えると、アモエナは息をすこし切らしながらキラキラした目でクーデルスに尋ねてきた。
そんな様子に若干苦笑しながらも、クーデルスはゆっくりと微笑む。
「ええ、大変綺麗でしたよ。
あと、そんなに長い曲ではありませんでしたから、だいたい憶えてしまいました。
せっかくだから、手拍子じゃなくて伴奏を入れましょう」
「楽器も無いのに?」
クーデルスの荷物を漁ったわけではないが、少なくとも笛や竪琴を持っている様子は無かった。
首をかしげるアモエナに、クーデルスは少し自慢げに語る。
「ハンドフルートという技術をご存知ですか?」
直訳するならば、手の笛。
だが、それだけでは何のことか良くわからない。
指笛かと思ったが、あれは演奏に向いた代物ではなかったはずだ。
むしろ口笛のほうが楽器らしい事ができるだろう。
戸惑うようなアモエナの様子に満足すると、クーデルス両手を堅く組み合わせ、親指に唇を当て、息を吹き込んだ。
すると、ボォォォォォとでも表記するような、笛に似た音が鳴り響く。
「うわぁ、本当に笛みたい!」
クーデルスは両手をもごもごと動かしてなんどか音程を変える練習をすると、先ほど聞いたメロディーを華麗に奏で始めた。
「すごい! すごい! ばっちりじゃない!! 楽しい!!」
笑顔ではしゃいでいたかと思うと、アモエナはいそいそとクーデルスの演奏にあわせて踊りはじめる。
それを見たドワーフたちもまた、酔っ払った千鳥足でアモエナのまねを始めた。
実に楽しく、賑やかな時間である。
だが、このあと二人にとんでもない事件が襲い掛かった。
……本人もすっかり失念していたことだが、クーデルスの父親が竜王の地位を持つドラゴンであるがゆえにの悲劇である。
それは、クーデルスが気持ちよさそうにハンドフルートを奏で、アモエナが夢中で踊っている最中の出来事。
曲が二度目のサビの部分に入ったその時であった。
ブシュゥゥゥゥゥゥゥ……と、演奏に熱中していたクーデルスの口元から、不安を誘う音が鳴り響く。
――なに、この音!?
なにかとてつもなく嫌な予感がして、アモエナは動きをとめて振り返った。
すると次の瞬間、クーデルスの手の隙間から、ピッと軽い音を立てて一本の光条が漏れたのである。
そしてその光条が近くにあった切り株に触れた瞬間……シュボッと激しい音を立てて切り株が真っ二つに割れた。
まずい!!
衝撃が襲い掛かる寸前、アモエナはとっさに大地へと体を伏せた。
つぎの瞬間、切り株はズドォォォンと音を立てて大爆発。
だが、演奏に夢中になっていたクーデルスはその衝撃を受けてしまい、その巨体が大きくのけぞった。
そう、組み合わせた手から謎の怪光線を放ったままで。
恐るべき破壊光線はそのまま射線が持ち上り、暗く静かな森の中へと消えていった。
するとどうなるか?
予想通りの惨劇がやってくるのである。
一瞬沈黙の後、ドバキャグシャバキドカズバババババチュドオォォォォォォォォォォォォォォォ……ンと、クーデルスの目の前にあった森の木々が、凄まじい爆発とともに消し飛ぶ。
「きゃあぁぁぁぁぁ!?」
突然の凶状に、アモエナが耳は塞ぎつつ地面を転がった。
その背中を、爆風と小さな瓦礫が乱暴に撫でる。
驚いた鳥や獣の気配が、悲鳴を上げながら遠ざかっていった。
やがて周囲がすっかり静けさを取り戻した頃、アモエナはおそるおそる体を起こす。
「な……なんだったの今の」
その言葉を待っていたかのように夜の風が舞い上がる靄を吹き払い、あたりの様子が明らかになった。
目の前には、森の中をつっきる一本の道。
とうぜんながら、先ほどまでそんなものは存在していなかった。
「……見てください、アモエナさん。 新しい道が出来ましたよ。
街までの近道が出来るかもしれません」
後ろから聞こえてくるのはほかでもない。
やや強張った響きのある
振り返り、アモエナは大きく息を吸うと、率直な意見をクーデルスに叩き付けた。
「自分の失敗を素直に認められない大人って惨めね。 恰好悪いわ」
「ぐはぁぁぁぁっ!?」
言葉に胸をえぐられ、クーデルスがその場に沈没したのは言うまでもない。
なお――後々この出来事を引き合いに出されるたび、クーデルスはこう語ったという。
だって(半分は)ドラゴンなんだもの。
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