第4話

 世界が金色に染まり、すっかり日も傾いた頃。

 クーデルスは草の生えていない地面を指差して歓喜の声を上げた。


「見てください、アモエナさん! 道ですよ!!」

「うん、道だね……よかった……」


 返事をするアモエナは、すっかり疲れ果ててクーデルスに背負われている。

 クーデルスのくれた靴は恐ろしく快適であったが、体力まで底上げしてくれるわけではない。

 なれない山道を歩くのは、アモエナにとって予想以上の苦行であった。


 そんな彼女の様子を見て、クーデルスは顎に手をあててフムと思案する。


「とりあえず今日はこの辺で野宿をしましょう」

「野宿って、もうこんなにあたりが暗いのに!?」


 太陽はまもなく地平線の向こうに消えてしまう頃だ。

 今から野宿の場所を探したところで、せいぜい雨を避ける程度の場所を見つけるのがやっとだろう。


 最悪、野ざらしのままむき出しの地面の上で眠るしかない。

 闇が世界を支配すれば、それすら出来るか怪しいところだ。

 それが人間の常識である。


 だが、クーデルスの常識はどうやら違うようだ。


「大丈夫ですよ。 暗くても問題あませんし、すぐに終わります。

 まずは明かりを準備しますか。 咲き乱れよフロレシオン


 短い呪文を唱えると、クーデルスとアモエナの周囲にオレンジ色の光がともる。

 その光の源は、咲き乱れるオレンジの花であった。


「うわぁ、綺麗!!」


 その幻想的な光景にアモエナが歓声を上げると、クーデルスはさらに得意げになって次の魔術の準備を始める。


「では、次は屋根のある場所を作りましょうか」


 再び魔術を発動させると、地面から生えた蔓草が絡まって何かの形を作り出した。

 そして数秒ほどで、お椀をひっくり返したようなドーム状のテントが出来上がる。


「あれ? このテント……おっきな穴が開いているよ?」


 アモエナの指摘どおり、そのテントにはところどころ大きな穴が開いていた。

 これでは、雨が降ってきたら中が水浸しになってしまうのではないだろうか?


「心配ありません。 まだ仕上げが残っていますから」

 そんな台詞と共に、テントの外側に水晶のように透明な植物が生え、その葉が穴を塞いでガラス窓の代わりとなる。


「ね、すぐに終わったでしょう」

「うん、なんだかデタラメだね」


 自慢げに語るクーデルスだが、アモエナの反応は一週まわって冷ややかだった。

 バッサリと言葉で切り倒され、クーデルスががっくりと肩を落とす。


 確かに宿は出来上がったが、少なくとも野営の技術は一つも使われていない。

 やったのは、魔術によるゴリ押しのみである。


「くっ……そ、そんな事よりも、さぁ中に入りましょうか」

「うん!」


 蔓で出来たドアを押し開いてアモエナが中に入ると、そこは予想以上にファンシーな空間であった。


「うわぁ、すごい! 光ってる! フカフカしている!!」


 テントの中は天井に光る花が咲き乱れ、足元には柔らかな苔の絨毯が敷き詰められている。

 そして部屋の隅には真っ白な綿が山盛りになっているが……おそらくこれが寝床なのだろうか?


「私は今から夕食を作りますので、しばらくこの中で休んでいてください。

 あぁ、せっかくだからお友達も紹介しておきますね?」


 はしゃいでいるアモエナに気分良くしたクーデルスは、そんな台詞と共に口元に笑みを作る


「お友達?」

 その瞬間、クーデルスの懐から小さな生き物が大量に顔を出した。


「ちゅっ?」

「ちゅちゅっ!!」


「うわぁぁぁぁ! かわいい!!」

「ドワーフさんたちです。

 言葉は通じないでしょうが、暇つぶしの相手にはなってくださると思いますよ」


 ドワーフたちを床におろすと、クーデルスは手から大量のヒマワリの種を生み出して、皿の上に盛り付けた。


「うぢゅーっ!!」


 だが、ドワーフは不満そうである。

 どうやら何かが足りないらしい。


「はいはい、これもですね」


 苦笑しながらクーデルスが取り出したのは、ウィスキーの実。

 ドワーフたちはさっそくツルハシで穴を空け、チューチューと騒ぎながら中身をすすりだす。

 その様子をアモエナが物欲しげに眺めていることに気づいたクーデルスは、やんわりと彼女をたしなめた。


「流石に酒精が強すぎるので、アモエナさんはやめておいたほうがいいですよ?」

「えぇ……残念」


 なお、この世界には飲酒に制限は無い。

 むしろ生水を飲むより安全なので、子供でもビールをたしなむのが普通だ。

 さもなくば、生長を阻害する前に生命が阻害されてしまうからである。


 そんな不満げなアモエナをおいて外に出ると、クーデルスは腕まくりをして料理を始めた。

 しばらくすると、外からいいにおいが漂ってくる。

 しかも、肉を焼く匂いだ。


 だが、クーデルスいつの間に狩をしたのだろうか?

 少なくとも干し肉の匂いで無い事は確かである。


 気になったアモエナが外を覗いてみると、そこには正気を疑う光景が広がっていた。


「いやあぁぁぁぁ! なにこれ!?」


 そにはキャベツのような植物が幾つも生えており、その真ん中から牛の足が生えている。


「あぁ、これですか?

 以前は牛一頭丸ごと複製していたのですが、色々と無駄が多いので、ほしい部分だけ複製できるように改良したんですよ」

「……キモっ」


 その正直な感想は、一瞬でクーデルスを叩きのめした。


 なお、その日クーデルスが泣き言を呟きながら作った夕食は非常に豪勢であったが、アモエナには全く味がわからなかったという。

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