第3話
「これからのことですが……とりあえず貴女の服などもそろえたいので、街に行きましょう。
その前に……あなたたち、邪魔ですからおとなしくしていてくださいね。
――
クーデルスが呪文を唱えると、近くの木立がガサガサと揺れ、「ギャッ!?」「ウゥッ!!」と野太い悲鳴が上がった。
そちらに目をやれば、こちらの様子を伺っていたのだあろう……盗賊たちがヌメヌメとしたタコのような触手に縛り上げられた状態で転がり出てくる。
「て、てめぇ! 何しやがる! 離せ!」
「その小娘は俺達の獲物だ!!」
全身が縛られて身動きできない状況でありながらも、身勝手なことを言いながらギラギラした目で睨みつける盗賊たち。
手負いの野生の獣ですら上品に見える猛悪な有様に、アモエナはヒッと小さく悲鳴を上げ、クーデルスは顔を覆いつくす前髪の向こうで眉をひそめた。
「いたいけな少女に向かってなんと酷い言葉と視線を浴びせるのですか。
貴方達、恥を知りなさい。 愛の鞭です!!」
いささか羞恥心をえぐるような言葉を口にすると、クーデルスはずかずかと盗賊たちに近づく。
そして一番近くにいた盗賊の顔を、クーデルスの平手がブゥンッと轟音を立てて襲った。
ベキョッ!
平手にあるまじき凄まじい音とともに、殴られた盗賊の体が宙に浮き、そのまま白目をむいて仰向けにひっくり返る。
胸が上下しているので死んではいない様子だが、おそらく顔の骨は砕けているだろう。
もしかすると致命傷かもしれない。
もはや瀕死にしか見えないその様子を満足げに見下ろすと、クーデルスは笑顔で残りの盗賊たちに向き直った。
そして告げる。
「ふふふ、なんとか死なない程度に出来ましたね。
ではこの調子で……全員、お仕置きです」
「ひぃっ!?」
静かな森の中に、男たちの悲鳴と共にゴスッドカッと何かを鈍器で殴りつけるような音が幾つも響いた。
「ふぅ、誰も死なないとは……私も手加減が上手くなったものですね。
さて、お仕置きも終わりましたし、そろそろ行きましょうか」
そんな台詞と共にアモエナの手をとり、クーデルスが死屍累々たる盗賊の横を悠然と歩いてゆく。
「ね、ねぇ……この人たちどうするの?」
「私達が離れるまではこのままですね。 後から自由にして差し上げます」
その前に地獄からお迎えが来て肉体から自由になりそうではあるのだが、南の魔王様はそんな事に興味を持っていなかった。
とりあえず本人は手加減に成功したつもりなので、自分の愛の鞭によって一人でも卑しい生業から足を洗ってくれたらいいなーと思っているのである。
が、少なくともそれは来世での話になるだろう。
「その……仕返しにきたりしない?」
おそらく枕元に立つような形になるだろうが、ありえない話では無い。
「来るでしょうねぇ。 何度でも返り討ちにできますが、確かにそれもいささか面倒です」
……呪っておきましょうか。
物騒な呟きがクーデルスの口から漏れた。
「病の王子サナトリアの名において、クーデルスが命ず。
足に痒みをもたらす白き病魔よ、来たれ。 汝れこそは災い見守る者。
日の守り、夜の守りとなりて、悪しき者を地獄の縁に留め置かん。
我に関わること許すべからず」
呪文と共にクーデルスの手の中に赤黒いモヤが生まれ、盗賊たちの足に吸い込まれてゆく。
次の瞬間、瀕死の盗賊たちは、残り少ない寿命を削りながら凄まじい勢いで痙攣を始めた。
「何をしたの?」
「知り合いの力を借りて、病魔の呪いをかけました。
私達に害意を持って近づくと、水虫が悪化して動けなくなるほどの痒みに襲われます」
「うわぁ……酷い」
アモエナは水虫にかかった事は無いが、彼女の父から聞いた話によると、恐ろしく辛い代物らしい。
彼女が思わず怯えた顔で手をぎゅっと握り締めると、クーデルスは身をかがめて彼女と視線の高さを同じにしてから囁くような声でたずねた。
「私が怖いですか?」
「うーん……不思議なんだけど、ぜんぜん怖くない。 魔族ってもっと怖い人たちだと思っていたのに」
少なくとも、彼女はクーデルスから悪意を感じる事はなかった。
やっている事はけっこう酷いが、それでも悪意は感じられないのだ。
ちょっとズレているので、隣にいるのは別の意味で危険だとは思えるのだが。
「ふふふ、私が変わり者なだけですよ。
でも、他の魔族を見たら全力で逃げることをオススメします。
彼らは本当に人間などいたぶって遊ぶだけの道具だと思ってますからね」
アモエナの言葉を聞いて嬉しそうに微笑むと、クーデルスは急に真顔になってそんな忠告を口にする。
だが、彼の台詞にアモエナが怯えた表情を見せると、あわてて話題を変えようとした。
「さて、これからの事ですが、さしあたっては旅芸人と言うのはどうでしょう?
幸いなことに、私にも楽器の心得があります。
なので、貴方の踊りと私の音楽で路銀を稼ぎながら、大きな街に行くのです」
「うわぁ、それ、面白そう!! やる!」
クーデルスの提案に、アモエナは文字通り飛び上がって賛同する。
キラキラとして、楽しそうで、きっと辛いことなど何も無い。
彼女が自分の行く先にそんな馬鹿げた夢を見たとしても、誰も責める事はできないだろう。
それは、今まで彼女にとっては夢見ることしか許されなかった『自分の好きな生き方』であったのだから。
悪魔の誘惑とは、いつも耳に心地よい。
「さて、街の方向はどっちでしょうねぇ」
ずいぶんと呟きながら、クーデルスは太い木の枝を拾うと、地面に突き立てた。
そして棒の倒れた方向を見て告げる。
「よし、こちらに行きましょう」
――はたして、この人についていって大丈夫なのだろうか?
アモエナが不安を憶えたのは言うまでもない。
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