第6話
クーデルスがうっかり森に穴を開けてしまってから数分後。
未だにキナ臭い煙りの残る森の中で、クーデルスは正座をしたまま叱られていた。
「とりあえず、そのハンドフルートという奴は禁止ね。 特にこっちを向いて演奏するとか、許さないから」
「……はい」
アモエナが念を押すと、クーデルスは項垂れたまま返事をかえす。
しょんぼりとした様子は微妙に哀れみを誘うが、『ちょっとうっかりした』だけでも森の一部がえぐれて消えてしまうのだから、横にいる人間としては死活問題なのだ。
それに、数分もしたらケロっとしてまた何か余計な事をやりだすので、気にかける意味も無いのである。
この男、反省はすれど後悔はしない。
その証拠に、しおらしい台詞を吐いた数秒後にはこんな台詞を吐き出していた。
「しかし、楽師として手伝うと決めた以上、何かしら楽器は必要ですねぇ。
笛の類はまた同じ失敗をするかもしれませんし、打楽器はもってのほかでしょう。
弦楽器は力が入るとすぐに切れてしまいますし、丈夫に作っても今度は火花を撒き散らして火事を起こしてしまう未来しか見えませんし……」
早い話、この男……一般的な人類のそれとは別次元の領域で不器用なのだ。
およそコメディかと思うレベルで楽師には向いていないのである。
だが、それでも諦めないのがこの男。
しばらくウンウンと考えていたかと思うと、急にポンと手を叩いた。
「あぁ、そうだ。 頭領さん。
前にうちの妹の連れていた、あの異世界の楽師の持っていた楽器、憶えてますか?」
「ちゅっ?」
突然話を割り振られ、我関せずと隣で酒を飲んでいたドワーフが首をかしげる。
ちなみに、クーデルスの妹である北の魔王は死霊術師であり、異世界から取り寄せた人の魂を収集している変わった趣味の持ち主だ。
なお、兄であるクーデルスとは非常に仲がいい。
そのため、何か新しくて変わった能力を持った死人が手にはいると、兄であるクーデルスのところにお披露目にくるのだ。
彼が思い出したのは、そんな妹が連れてきた異世界の楽師の魂を宿す
「ほら、あの箱のような形をした、真ん中が延びたり縮んだりする奴ですよ」
「ちゅぅぅぅぅ……ちゅちゅっ」
そう言われて思い出したのか、頭領と呼ばれたドワーフが大きく頷くのだが……横で聞いているアモエナからすると、何がなんだかわからない。
彼女の空想の中では、クーデルスがラッパを吹くシャクトリムシを捕まえて牢屋に放り込んでいた。
そして保釈金がいくらになるかの交渉が始まったところで、アモエナは妄想から醒め、それが楽器の話であることを思い出す。
「アレならば、私がうっかり力を入れすぎてもまわりに被害が及ぶ可能性は少ないとおもいます」
「ちゅっ、ちちちっ」
「おお、さすがドワーフさん。 その通りです。 私はアレがほしいのです。
作ってくださいませんかね? 大まかな情報は妹に手紙で問い合わせますので」
「うっちゅー」
「おお、わざわざ向こうに行って作ってきてくださいますか。
たしかに現物があったほうが良いでしょうからね。
ではお願いします!」
どうやら、アモエナがぼんやりと空想に浸っている間に話がついたらしい。
クーデルスが魔術を使って輪を描くように地面に花を咲かせると、その輪の中から輝く光の柱が立ち上がる。
そして、頭領をはじめとしたドワーフの何匹かがその輪の中に消えて行った。
「ふふふ、出来上がりが楽しみです」
長い前髪の裏側で、クーデルスが不気味に微笑む。
「楽しみはいいけど、とりあえず森を壊してしまった反省はしてね」
「あ……はい」
すかさずアモエナがツッコミを入れると、クーデルスはふたたびしょんぼりとするのであった。
――そんな事があった夜。
綿の山にもぐりこんで寝ていたアモエナは、強い光を感じて目をさました。
気が付くと、窓から差し込む月の光が彼女の顔を照らしている。
そんな月の悪戯に苦笑いしながら寝返りをうつと、ふと隣で寝ているクーデルスの姿が目にはいった。
みれば、いつも顔の半分を覆い隠している長い前髪が乱れ、ほんの少しだけ素顔が覗いている。
月明かりに照らされて白く浮かび上がる顔の輪郭は、男性的なラインを描きながらもどことなく典雅であり、アモエナの脳裏に貴公子の三文字が揺らめいた。
もしかして、ものすごく綺麗な顔をしているのでは無いだろうか?
アモエナの心の中にむくむくと好奇心が湧き上がる。
まるで、月がクーデルスの素顔を覗いてしまえと言っているような気がして、彼女は体を起こすとその指を伸ばし……クーデルスの髪に触れる寸前で手を止めた。
――見られたく無いものを知らない間に覗き見るのは失礼だよね。
彼女は自分の邪念を振り払うように息を吐くと、もう一度寝返りをうって目を閉じた。
そんな彼女の背後で、クーデルスの唇が笑みの形を作る。
どうやら、南の魔王様は人の心を試すような悪戯がお好きらしい。
まるで、今宵の月のように。
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