第7話

 翌日……クーデルスとアモエナの姿は、辺境の街の前にあった。


 ここは辺境に蔓延る魔物の襲撃に備えた城塞都市らしく、街の周囲は分厚い石壁に覆われている。

 二人はその城壁の入り口となる門の前でずいぶんと長く待たされていた。


「遠くからだと大きくてステキな場所だと思ったけど、実際に来てみると……なんかせまっ苦しいところね。 あと、退屈」

「まぁ、そういわないでください。 彼らも仕事ですので」

 クーデルスがチラリと横を見ると、そこにはクーデルスの荷物をひっくり返して検査している守衛の姿があった。

 そして守衛もまたチラリとクーデルスに向けて意味ありげな視線をよこす。

 

「でも、何も悪い事はしていないんでしょ? 持ち込んじゃいけないものも無いはずだし」

「ええ、悪い事はしていませんよ。 ……私はね」

 クーデルスがいかにも腹に何か抱えていそうな笑みを浮かべると、守衛はケッと小さく悪態をついた。


 お分かりの方もいるかと思うが、荷物のチェックが長引いている原因はクーデルスが守衛に賄賂をよこさないからである。

 普段なら難癖をつけて持ち物を取り上げるのだが、ほしいものがあればそのつど現地調達してしまうクーデルスが価値のある物を持ち歩いているはずもなく、荷物の中身はロクなものが無かった。

 そんなわけで嫌がらせとして持ち物検査が長引いているのである。


 なお、他の守衛は身体調査と言う名目でアモエナの服をまさぐろうともしたのだが、その守衛たちは突然謎の水虫に襲われて薬局に引きずられていったため、この場にはもういない。

 奇妙な偶然もあったものである。


 そんなわけで、彼らの戦いはすでに膠着状態に陥っていた。

 むろん門の前は手続きを待つ人々でごった返しており、彼らの不満が高まることで戦いはクーデルスの勝利へと流れ始めている。

 もっとも、クーデルスにもアモエナの機嫌が悪くなるというリスクはあるのだが。


 そのまま二時間ほど過ぎただろうか?


「……おい、通っていいぞ」

 ついに諦めた守衛が仕方なしに通行許可を出した。

 周囲は待ちぼうけを喰らった民衆の怒りで陽炎が立ちそうである。

 この後は、たぶんひと悶着あるに違いない。

 クーデルスを睨む門番の目に涙が浮かんでいるのは、錯覚では無いだろう。

 


「はい、お役目ご苦労様です。 さ、行きますよアモエナさん」

「ふにゃ? やっとなの? くたびれて寝ちゃっていたよ」

 クーデルスが話しかけると、アモエナ口元からたれるヨダレを袖で拭いて起き上がった。

 そして欠伸をしながら大きく伸びをすると、クーデルスを置いてさっさと歩き出してしまう。


 苦笑するクーデルスを尻目に、まるで散歩する猫のごとく優雅に歩くアモエナだったが、門を潜り抜けてその向こうの光景を見た瞬間……。


「うわぁ、すごい! 大きな街!! こんなところはじめて!!」

 大きく目を見開き、アモエナは勢い良く走り出す。

 そこは青空の下に鮮やかな天幕がいくつも翻り、様々な商品を売る露店が立ち並び、あるいは旅芸人たちが路上でその芸を競っていた。

 まるで祭りのような喧騒に、アモエナは興奮を隠せない。


 ……もっとも、それはアモエナから見た世界の話であって、クーデルスにとって見れば普通の市場と変わりなかった。

 まぁ、それでもこんな辺境の地にあるわりにはずいぶんと栄えているのだが。


「はいはい、走らないでくださいアモエナさん。

 さすがに転んで怪我をするような歳では無いでしょうけど、迷子になっても知りませんよ?」

「なによ! そんなお子様じゃありませんよーだ」

「そんな事を言っているようじゃ、まだまだお子様ですよ」


 クーデルスに笑いながらたしなめられると、アモエナは拗ねてプーッと頬を膨らませる。

 まさに子供の反応だ。


「もぉ! そういうこと言わないの!

 意地悪言う男はモテないんだから!!」

「おや、それは困りますね……私の名誉を挽回をするにはどうすればよいでしょうか?」


 苦笑しながらそんな冗談を言ったクーデルスだが、アモエナは真顔になると低めの声でボソリと告げた。


「え、無理? 見るからに胡散臭いし」

「それはあんまりです」

 ガックリと肩を落としたクーデルスを見て、アモエナはたまらず噴出す。


「もー、冗談だからそんな泣きそうな顔しないでよ。

 いい大人なんでしょ?

 ……というか、なんで口元しか出てないのにそんな鬱陶しいほど表情豊かなのよ」

「ほっといてください」

 顔の上半分を隠したまま相手に感情を悟られるのは、クーデルスのちょっとした特技のようなものだ。

 やろうと思ってもそうそうできるものではない。

 本人も意識してやつているわけではないのだが。


「うーん、どうすればいいかだよね。 定番だけど、やっぱりプレゼント?」

 そういいながら、アモエナの視線は通りに並ぶアクセサリーの露店をさまよう。


 おそらくは無意識にだろうか……彼女の手は自らのうなじ触れ、その指は切なげに乱れた髪を梳っていた。

 ――もしかしたら、髪飾りがほしいのでしょうか?


 この国の年頃の女性であれば、外出するときは髪を結い上げて綺麗な髪留めでまとめるのが嗜みであるが、奴隷商人から逃げてきたアモエナの髪は手入れすらされていない。

 そんな事に気づくと同時に、クーデルスの横をあでやかな花の髪飾りをつけた女性がすれ違った。


 ――あぁ、これは辛いのでしょうね。

 見れば、アモエナの目は間違いなくその女性の髪飾りを目で追っている。

 クーデルスはそう判断すると、先ほどの汚名を返上すべく彼女のために髪飾りを買うことに決めた。


「わかりました。 では、初めて街にきた記念に、何かアクセサリーでも買いますか」

「本当に!? やったぁ! ステキよクーデルス!!」

 クーデルスがそんな提案を口にするなり、アモエナはクーデルスの腕に抱きつく。

 ずいぶんと現金な態度ではあるが、今はその素直さが愛らしくて仕方が無かった。


 ――甘え上手な人ですね。

 そう心の中で呟くと同時に、彼女の才能の正体が、裏表無く本心から喜ぶ事であることをクーデルスは悟る。

 だってそうだろう?

 こんなにも屈託の無い笑顔を見せられたら、こちらも嬉しくならないはずが無いのだから。


「はいはい。 ではどこのお店にしましょうかね。

 手持ちが厳しいのであまり高いところは無理ですよ?」

「お金ないの?」

 クーデルスがそんな事を口にすると、とたんに顔を曇らせるアモエナ。

 そのあからさまな態度の変化にクーデルスは思わず苦笑した。


「普段、あまり使う事がありませんからねぇ」

 とはいえ、台詞のわりに困った様子は無い。

 おそらく金策をするあてがあるのだろう。


「まぁ、せっかくクーデルスが買ってくれるんだから、安物でも勘弁してあげるわ。

 でも、その分時間をかけて選ぶから、覚悟しておいてね?」

「はいはい、仰せのままに」


 そして夕暮れ時までかかって彼女が選んだのは、粗末な木彫りの髪飾りであった。

 だが、後々クーデルスはこの時そんなものしか買ってやれなかったことを後悔することになる。

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