第8話
翌日、クーデルスたちは商業ギルドを訪れていた。
クーデルスが魔術で作り出した香辛料や調味料を売るためである。
そしてギルドの受付から身分証明書を求められたときであった。
クーデルスの差し出したモノを見た受付の顔が驚愕に歪む。
「そ、それは……商業ギルドのゴールドカード!?」
「隣の国のものですけどね」
フフンと音が聞こえてきそうな顔で、クーデルスはカードを軽く振って見せた。
「ねぇ、なんかすごいのそのカード?」
「これはねぇ、アモエナさん。
商業ギルドにおける最上位のギルドメンバーカードですよ。
名目の上では……ですがね。
少なくとも、商業ギルドにそうとうな貢献をしないと発行されないものです」
実際にはその上にブラックカードがあるのだが、これは商業ギルドの上級幹部の中でもほんの一部にしか発行されない代物である上に、存在が一般に公開されていない。
ゆえに、名目上の最上位はゴールドカードなのだ。
「あ、あなた……何者ですか?
いえ、失礼しました。 ゴールドカードをお持ちの方でありながらお名前をうかがったことがございませんでしたので、思わず取り乱してしまいました」
「そうでしょうね。 なにぶん、商人として表立った行動はしていませんでしたから」
うろたえるギルド職員に、クーデルスはにっこりと微笑んだ。
なにせクーデルスは商人どころか少し前までは奴隷だった身の上である。
しかも、金を動かすのも冒険者ギルドの名義で行っていたのだから、どこかの国のスパイやそのつながりのある商人ならばともかく、一般の商業ギルドの職員がその名前を知るはずが無い。
職員とそんなやり取りをしていると、アモエナがツンツンと肘でクーデルスの脇腹をつついた。
「ねぇ、なんかすごいカードみたいだけど、どうやって手に入れたの? 何か悪いことでもしたとか……」
「人聞きの悪いことを言わないでください。
これは知り合いに頼んで、正式に発行してもらったものですよ」
ただしくは、一国の王と老舗冒険者ギルドの総裁におねだりし、商業ギルドにコネを使ってゴリ押しをした結果だ。
いちおうはライ麦を栽培してその国の飢饉を救い、ブランド作物と言う新たな商業形態を生み出し、難病に冒されていた国王を癒した褒美……と言うことになっている。
「お金持ちなんてみんな悪い人なんだってお父ちゃんが言っていた」
「まぁ、おおむね正解ですねぇ。
何をもって悪い人とするかにもよりますが」
見る角度よってはわりとクーデルスも極悪人ではあるのだが、クーデルスからすると特に悪いことをしているつもりはなかった。
そもそも、魔族と竜族の混血である彼に人間の元々善悪の基準を求めても仕方が無いし、その違いを理解していたとしても特に行動が変わるような男ではない。
「なにはともあれ、アモエナさんの綺麗な衣装のためには多少のズルも仕方が無いと思いませんか?」
「……うん。 仕方が無いよね。 ものすごく高いし」
「まさか、踊り子の衣装があんなに高価なものだとは私も知りませんでしたよ」
実はこの二人、商業ギルドにくる少し前に服を買いに行ったのである。
だが、そこで売られていた服の値段は、一番安いものでもクーデルスの手元にある現金のおよそ五倍。
二人はあまりの高さに揃って目を見開き、そのまま一着も買わずにすごすごと店を出る羽目になったのである。
この屈辱にクーデルスが憤慨したのは言うまでも無く、『この店の服を全て買い取ってやりましょう』と金貨で店の顔をはたくようなことを真顔で宣言し、意気揚々と商業ギルドにやってきたというのが冒頭の展開だ。
だが、そんなクーデルスにむかって、ギルドの職員がおずおずと気まずそうな声ではなしかける。
「あの……一つよろしいでしょうか?」
「何ですか?」
その不穏な雰囲気に、クーデルスは少し顔をしかめた。
「この街でこの香辛料、特に黒胡椒をお売りになるのはおやめになったほうがよろしいかと」
「どういう意味でしょう?」
一体何が問題だというのか?
職員の表情に、特にクーデルスを騙そうする様子は無い。
軽く首をかしげるクーデルスにたいし、職員はひどく辛そうな表情でその理由を語った。
「実は、この国での黒胡椒の販売は特定の商人の独占が認められております。
ですので、商業ギルドでも貴方たちから直接は買取できないのです」
「……なんですって?」
その台詞を聞くなり、クーデルスの眉間にくっきりと縦皺が刻まれる。
――それでは、私はどうやって金策をすれば良いのですか?
「ですので、黒胡椒を売るには、まずその売買権を持つ商人に買い取ってもらう必要がありますが……その……相当に買い叩かれる事を覚悟されたほうがよろしいかと」
ここまで言葉を濁す様子からしても、相手はおそらくギルドの上級幹部。
少なくともゴールドカードより上位の会員証を持っているのは間違いないだろう。
「それは……仕方がありませんね」
クーデルスの口元が、引きつった笑みを浮かべる。
よほど腹ただしいのか、その手はぎゅっと音が聞こえそうなほど強く握られていた。
「買取、どうされます?」
「一度、他の国の知り合いをあたって見ます。 それでダメなら改めてお願いしますね」
そんな台詞を吐いて商業ギルドの建物をいったん出たクーデルスだが、他の国の商人を頼るような悠長なことをするはずが無い。
つまり、先ほどの言葉は嘘だ。
だが、この謀略の権化が、意味もなく見栄のためにそんなくだらないことをするはずも無かった。
「ねぇ、クーデルス。 胡椒が売れなかったようだけど、私の綺麗な衣装はどうなるの?」
心配げに話しかけるアモエナだが、かえってきたのは不機嫌を押し殺したクーデルスの笑い声であった。
「うふふふ……ふふふふふふふふふふふふふ。
つまり、香辛料を独占して値段を吊り上げて、利益を貪ろうという魂胆ですか。
ねぇ、アモエナさん。 そんな事をしても、庶民の生活の向上を妨げ、食文化の発展を阻害するだけで何もいい事はないですよねぇ?」
むろん、そんな台詞に意味は無く、事実とは限らない。
つまりクーデルスは、ただ自分にいいわけをしているだけである。
何をするにも大義名分をほしがるのは、この男の本性が政治屋であるからだろうか。
「なにそれ。 私の質問にぜんぜん答えてないし! 意味わかんないし!!」
「簡単に言うと、悪い商人が邪魔するせいで、アモエナさんの可愛い服が買えないってことですよ」
クーデルスがわかりやすく都合のいい部分だけを抜き出すと、アモエナもまた怒りを露わにした。
「なにそれ、許せない!!」
「もちろん許しませんよ? だから……
そしてクーデルスが魔術を解き放ったこのときから、この辺境の街は魔王に呪われ、その運命を大きく歪めてしまうことになったのである。。
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