第58話
「街の中の料理屋を使うのは、私が提案したことだ。
どの店を使うかは貴様に選ばせてやろう」
そう告げると、ベラトールは腕を組んだまま偉そうに顎をクイッと捻った。
余裕を見せているつもりらしい。
「何を偉そうに……貴方のことですから、予め全ての料理店に何か仕掛けておくぐらいはやるでしょ」
「否定はせんな。 私が恐ろしければ、存分に調べるがいい」
ベラトールはクククと喉の奥で笑い、クーデルスの疑い深さを謗る。
「私が探査系の魔術苦手なの知っていて言ってるでしょ。 本当に陰険な方です」
皮肉たっぷりに呟きながら、クーデルスはふと思い出していた。
探査といえば、ドワーフたちはいつになったら帰ってくるのだろうか?
どうにも嫌な予感が頭をよぎる。
何か手を打っておいたほうが良いかも知れない。
そんな事を考えながらも、クーデルスは不得意な魔術で情報を拾い集め、一軒の料理屋に目をつけた。
「では、あちらの店にいたしましょう」
「ほう? ずいぶんといい店を選んだな。 勘のいい奴め」
どうやら、その店はベラトールも知っている店らしい。
「知っている料理屋なんてあったんですか? あなたらしくも無い。
てっきり、食事にはまるで興味の無い方だと思ってましたよ」
思えば、半分血がつながっているというのにクーデルスはベラトールの趣味や好みと言うものを全く知らなかった。
てっきり男として味の無い、自分の研究にしか興味の無いような奴だと思っていたのだが……。
「ふん。 私にだって食の好みぐらいある。
ただ、貴様にとってのソレより優先順位が低いだけだ」
どうでもいい話だといわんばかりの態度をとるベラトールだが、クーデルスはその唇に笑みを浮かべる。
「そのわりにはご機嫌ですね。
お尻で小さな尻尾がピコピコ動いてますよ」
反射的に自分の尻へと手を伸ばすベラトールだが、そこには何もなかった。
騙されたことを悟り、彼は凄まじい視線をクーデルスに向ける。
「くっ……いいかげん、この奇妙な呪いをどうにかしろ! あれからどれだけ時間がたっていると思っている!!」
「反省もしていないのに解放するわけないじゃないですか。
無くなった薬草の中には貴方のせいで絶滅してしまって、未だにうまく再創造出来ていない品種もあるんですよ?」
薬草園を台無しにされた恨みは相当に根深いらしく、クーデルスはベーっと舌を出した。
実に大人気ない態度である。
「それよりも、貸切の交渉は任せましたよ。 ここは貴方の街なんだから」
「ふん! 言われんでもそのぐらい造作も無いわ!!」
そう言いながら胸を反らし、自信満々で店に入っていったベラトールであった。
だが……数分後。
「いやぁ、造作も無いといっていたくせにすごすごと尻尾を巻いて退散ですか。 さすが兄上ですねぇ」
「鬼か、貴様は! あんな小さな子供の誕生祝いをしている場に入り込んで、貸切にするから出て行けといえるはずがなかろう!!
貴様、わかっていて選んだな!?」
「ふはははは、当たり前じゃないですか!」
そう、クーデルスの選んだ店には、本日6歳になった女の子のお祝いをする家族の姿があった。
モンスタースタンピードが起きるかもしれないという不安の中、もしかしたら二度と祝う事ができないのではないかという恐怖と悲しみを覆い隠すように、貧しい家族が精一杯の贅沢をしていたのである。
ベラトールが一言だけ祝福の言葉を残し、すぐさま退散したのは言うまでも無い。
「ぷぷぷ……そんなに興奮しないでください。 またシロクマの姿に戻ってますよ?」
「えぇい、忌々しい」
口元に手を当てて笑いをこらえるクーデルスを横目に、ベラトールは不機嫌も露にそんな台詞を吐き捨てる。
「とりあえず、別の店に入りましょう。
次はお祝いなんてぜったいにしてなさそうな店を選びますね」
「そうしてくれ。 だが、民に迷惑はかけるなよ」
たかが相談する場所を見繕うだけなのに大げさな言葉ではあるが、ことクーデルスに限っては油断が出来ない。
この常識のズレた悪魔は、先ほどのようにとんでもない角度からトラブルを呼び込むのだ。
「それについては、貸切りにする段階で少なからず迷惑ですよ。
あ、そうだ。 あそこにある店なんてどうです?」
そう言ってクーデルスが指差した瞬間、それまで傍観していたドルチェスとカッファーナが青褪めた顔で割って入る。
「うわぁぁぁぁ! あ、あそこは不味いです!!」
「何考えてるのよ! どう見てもダメでしょ!!」
「いやぁ、私はあそこが最良だと思うんですよ」
必死で止めようとする二人だが、クーデルスが聞く耳を持つはずも無い。
唯一止められそうなアモエナにドルチェスが必死に目で訴えかけるが、人生経験の乏しい彼女には誰の味方をすればよいのか判断が付かなかった。
「お前……いい性格をしているな。 だが、私としても異存は無い」
「うふふ、もちろんあの店を使うって事は中の人たちはどうにかしなきゃいけないわよね?
……いただいちゃっていのかしらクーデルス?」
その場所が何であるかをおくればせながら察したモラルは舌なめずりをし、ベラトールもまた見た者がのこらず震え上がるような笑みを浮かべる。
「もちろんですとも。
あそこを利用するならば、たぶん街の善良な人々には迷惑などかかりません。
それどころか、全体的な目で見てこの街の愛と平和に貢献できるのではないかと思うのですよ」
もはや止める事はできないと悟ったドルチェスとカッファーナは、神に祈りを捧げようとした。
その神が二柱もここにいて、積極的に災いを振りまこうとしていることに気づいて肩を落とす。
まさに世も末であった。
数分後、スラムの中にある一軒の違法カジノが謎の武力集団によって襲撃されたのである。
犯人が誰であるかについては、わざわざ説明するまでもないであろう。
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