第57話
だが、その防御壁の寿命は非常に短かった。
「皆さん、伏せてください!!」
強大な力の発動を感じたクーデルスが、モラルとアモエナを抱きかかえつつ壁との間に立ちふさがる。
ドルチェスとカッファーナも、素早くクーデルスの影に隠れて身を伏せた。
「……
そしてクーデルスが魔術を放ち、色とりどりの花が彼らを包んだ次の瞬間。
――パキッ。
花々は白く凍りつき、粉々に砕け散った。
同時に、何かが巨大なものが壊れる音が響き渡る。
「いったい……何が? 冷たい!?」
アモエナが恐る恐るクーデルスの巨体の影から顔を出すと、辺りには痛みを覚えるほどに冷たい空気が漂っていた。
濃い霧が視界を遮り、およそ5メートルほどしか先が見えない。
「ねぇ、これってアレだよね」
「ええ、ほかにこんな事ができる方はいないでしょう」
クーデルスとモラルは何が起きたのかをある程度把握しているらしい。
二人はなにやら深刻な声で囁きあい、緊張でその場の空気が張り詰める。
人間組はただひたすら困惑するしかないのだが、やがて強い風が吹き、視界を遮っていた霧を吹き払う。
そして目の前に現れた景色は……。
「見て、壁が壊れている!!」
カッファーナの声に、全員が彼女の視線を追う。
すると、先ほどまで目の前を覆いつくしていた巨大な壁が跡形も無く崩れ、透明な水晶の塊が瓦礫となって転がっているではないか。
いったい誰がこんなことを?
少なくとも人間には不可能である。
ましてや、クーデルスとモラル――南の魔王と第一級の水神の力をこめた代物を破壊するなど、上級の神々でも限られた存在しか出来ない。
「はぁ……全く、力だけは上級神の最上位クラスね。
これで中級神にとどまっているというのだから詐欺だわ」
少なからずプライドを傷つけられた声でモラルが肩を竦めた。
そして、未だにわだかまる白い霧の向こうに目を向ける。
目を凝らすと、そこには大きな影が映りこんでいた。
「酷いことをしますね、ベラトールさん」
「お前が私の領域で勝手なことをするからだ」
クーデルスが影に向かって声をかけると、それは低くて乾いた声で答えを返した。
そして一歩前に進む。
漂う白い闇の中から現れたその姿は……
「シロクマ?」
「……失敬な!」
アモエナの呟きに不満の声を上げるベラトール神だが、その姿は紛れも無く眼鏡をかけたシロクマだった。
「ふふふ、お似合いですよベラトールさん」
「お似合いだと!? 貴様! よくもこの私にこのような浅ましい呪いを……」
「それは、かつて私の貴重な薬草畑を荒らした報いです!
ええ、よくもとは私の台詞ですよ」
「黙れ、この陰険魔王! 私が策を弄する必要があったのは、貴様が私の崇高なる研究への協力を拒んだからだろうが!!」
「誰が陰険ですか! この私がビックリするぐらい策謀を何重にも張り巡らせた上で盗みに入ったあなたに言われたくはありません!!」
どうやらこのシロクマの姿が本来の姿では無いようで、しかも原因はクーデルスのかけた呪いのようである。
もっとも、その更なる原因はベラトール神の強硬手段が原因であったようだが。
「それに、こんな呪いなど……ふんっ!!」
ベラトール神が力をこめると、その姿がブレはじめる。
やがてシロクマの姿は消え、そこには一人の巨漢がたたずんでいた。
短く刈りそろえた白い髪と褐色の肌。
見上げるような背丈に、隆々と盛り上がった筋肉。
そして荒々しい見た目を中和させている……と本人のみが信じている銀縁の眼鏡。
一般的な印象としては、正しくマフィアの若頭であった。
「ほう、自らの力で一時的に私のかけた呪いを中和しましたか」
クーデルスは不満げな声で呟くと、苛立ちを押えるように眼鏡の位置を指でなおす。
「なんだ、やっぱり眼鏡をかけたシロクマじゃない」
「ち、違う!!」
アモエナの一言にベラトール神は引きつった声で否定し、力のコントロールが乱れたのかボフッと音を立ててその姿がシロクマに戻る。
「ぶふぅっ! そ、その通りです!! ええ、この人は元々シロクマなんですよ!!」
「シロクマ……シロクマだわ、ほんと!!」
「ふざけるな貴様らぁぁぁぁっ!!」
クーデルスとモラルは笑い転げ、ベラトール神は怒り狂った。
見れば、ドルチェスとカッファーナもまた、体をくの字にまげて必死で笑いをこらえている。
「くそっ、このようなヤツが私と同じ地竜王の血を引いているとは……忌々しい!!」
「それはこちらの台詞です!」
「えぇぇっ!?」
突然の告白に、モラル神までもが驚愕の声を上げた。
実はこの二人、母親が違う兄弟である。
ただ、ご覧の通りあまり仲はよろしくないのだが。
「そういえば、このふたりってなんか似ているね?」
「似ていない!」「似ていません!!」
アモエナが無邪気に放った言葉に、両者は同時に反応した。
どうやら、禁句の類だったらしい。
「んー 似ていると思うんだけどなぁ」
共に背が高く筋肉質。
纏っている色や印象は真逆だが、顔立ちもよく見れば似通っている。
「あわわ、ダメよアモエナちゃん。 本当にそうでも、ソレを言っちゃマズいわよ」
「カッファーナ、君のソレも大概だよ」
アモエナはおろかドルチェスとカッファーナまでもが同じ意見であるらしい。
そんな空気に耐えられなくなったのか、クーデルスはベラトールを指差して不満を吐き出した。
「父親は確かに同じですが、私にこんな陰険で我侭な兄などいません!
これはただのシロクマです!!」
「言いおったな、この土色ワカメの出来損ないが!
私もこんな胡散臭くて腹黒い弟など持ったつもりは無い!!」
お互いに気にしているところを言葉でえぐりながら、二人の人外は互いの顔を睨みつける。
そんな二人を他所に、モラル神はアモエナへと近づくと、争いの当事者にも聞こえるような声で呟いた。
「ねぇ、アモエナちゃん。 よく見ておきなさい。
争いというものはね、同レベルの存在同士でしか発生しないのよ?」
「なるほど……」
今にも掴みあいをしそうな二人を見比べ、アモエナは大きく頷く。
その様子に気づいたのであろう。
クーデルスは嫌な顔をしながらこう提案した。
「ベラトールさん、とりあえず私達がこのまま本気で喧嘩をすれば、たぶん街が潰れるどころか大陸の半分ぐらいは綺麗さっぱりとなくなります。
そうなる前に、どこか場所を移して話し合いをしませんか?」
「……不本意だが、私も同じ考えだ。 いいだろう、ついてくるがいい」
そして彼らはティンファの街にある料理店を貸切り、波乱の予感しかしない話し合いを始めることにしたのである。
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