第56話

「うわぁ、すっごーい」

「……なんというか、やらかしやがったといった感じですね」

「あらあらあ、まぁまぁ、これは綺麗ねぇ」


 最初から、アモエナ、ドルチェス、カッファーナの台詞である。

 だが……一人ほかとは異なる意見を吐いた者がいた。


「これでもハンプレット村でやったアレからするとまだおとなしいほうなのよね」


 最後にモラルがそう呟いた瞬間、全員がウゲッとした顔で振り返る。

 これよりもまだ派手なことをしたのか……と。


 さて、彼らが現場に駆けつけて目にしたものについても説明せねばなるまい。

 それは、水晶で出来た壁であった。


 高さ、およそ20メートル。

 厚み、およそ1メートル。

 そして横幅……推定20キロメートル。


 しかもその中央にはモラル神の像が掘り込まれている。

 いかにも私がやりましたといわんばかりの状態だ。


「クーデルス。 私がやったように見えると不味いって言わなかったっけ?」

 額に青筋を立てながら、モラル神は引きつった笑みをクーデルスに向ける。

 しかし、そんな展開を予想できないクーデルスではない。


「私が貴女の側についたというアピールをしてはいけない……とは言われていませんよ?」

 まさに、あぁ言えばこう言う。

 イラッとくるぐらい自然な流れとタイミングでクーデルスは屁理屈をこねた。


「こ、この男は……まぁ、確かに私には無理ね。

 いくらなんでも、直接地面からこれを生み出すには属性が違いすぎるわ」

 その言葉通り、モラルの属性は水。

 水の中から何かを生み出す事はできても、地面から直接鉱物を生み出す事はできない。


「ですので、これを見た神々は貴女のそばに高レベルの地魔術の使い手がいると疑うでしょう」

「そして、貴方が出てきたことに気づいて、ほとんどの連中は手を引くというわけね」


 まるで、動物がマーキングをして自分の縄張りを主張するようなやり方である。

 今頃、クーデルスの存在を感知したベラトール神とその眷属は顔を引きつらせているはずだ。


 さしもの神々も、南の魔王を敵に回そうとは思うまい。

 クーデルスを評価していないのは、むしろ彼の同族である魔族だけだ。


 そして、自ら作り出した構造物によってこの街にマーキングを施した本人は、その自作した水晶の壁を撫でながらご満悦である。

 なお、その水晶の壁は完全に透明では無い。

 中には細かい粒のようなものが幾つも埋められていた。


「ふふ、壁はいいですねぇ。 そこにあるだけで守られている気分になります」

「……色々と突っ込みどころは満載ですが、おおむね間違っていないだけになんともいえません」


 実情を知っているドルチェスからすると、守られているというより掌の上に乗せられてニヤニヤと眺められているような気分である。


「さぁ、モラルさん。 仕上げといきましょう。

 この水晶の壁に力を注いでください」


 クーデルスのたくらみに加担する禁忌感に顔をしかめながらも、モラル神はその細い指で水晶の壁に触れた。


「あぁ……もぅ、何とでもなりやがれ!」

 そして彼女が魔力を注いだその瞬間、水晶の壁に埋め込まれたものが次々に目を覚ます。


「だいたいクーデルス、あんたね!

 普段は"派手な事は苦手なんですよ"って顔して、いざ何かやらかすと極端に派手なんだよっ!!」


 何が起きたかを理解したモラル神は、怒りで震える掌を壁に叩き付けた。

 他の面子はと言うと、ただ目の前の光景に心を奪われて、魂が抜けたかのように呆然としている。


 そして目の前の壁はと言うと……壁一面に蓮の花が咲き乱れ、その間を宝石で出来た魚が泳いでいた。


「で、肝心なこの壁の防御性能はどんな感じなの?

 まさか綺麗なだけじゃないんでしょ?」

 髪をガシガシとかきながら、モラル神が諦め半分にそう問いかける。

 するとクーデルスは楽しそうな声で


「もちろんですとも!

 この壁の中を泳いでいる魚は全てモラルさんの神力によって命を授かった聖獣です。

 そして、魔物が近づけば一斉に水晶化の呪いをかけるんですよ」


 その証拠に、この壁に近づこうとした一匹のゴブリンが、パキッと音を立てて水晶の塊と化した。


「どうです、すばらしい防御壁でしょう!

 近寄った魔物は、全てこの壁の力をたたえるオブジェと化すのです。

 しかも、その水晶を加工して売れば、この街の産業にも貢献できますよ!

 ふふふ、驚きのあまり声もありませ……はぶっ!?」


 全ての台詞を言い終えるより早く、モラルの蹴りがクーデルスの尻に突き刺さる。

 その足先には、ガンナードのところで最近量産が始まった安全靴があった。


「な、なんで怒るんですか!? 間違って水晶化させたりしても、リムーブカースで元通りにできるというきわめて平和的なシステムが気に入らないと!?」

「呆れて声もで無いんだよっ!! なにそのむちゃくちゃ怖い防御機構!!

 アタシのイメージが変わっちゃうだろ!!」


 平和的といいながらも攻撃力が高すぎて、アイドル然としたモラルのイメージが台無しである。


「仕方がありませんねぇ……では、魅了の魔術に変更するので、ちょっと手伝ってください」

「ふぅ……仕方が無いわ」


 このまま放置すると何をやらかすかわからない。

 そのため、モラルはしぶしぶながらクーデルスの作業に手を貸すのであった。


 ――かくして、ティンファの街に強大な防御壁が生まれてしまったのである。

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