第55話
クーデルスが調査を開始して10分ほどしただろうか。
事件の裏で動いていた人物はアッサリと特定された。
「見つけましたよ、モラルさん」
「きゃー素敵。 さすがクーデルス」
「棒読みでその台詞言うのやめてください……微妙に空しいです」
「それで、結果はどうだったのぉ?」
クーデルスがやんわりと抗議するが、モラルはその要望をサラリと受け流す。
このぐらいでへこむような相手ではなく、ただかまってほしいだけだとわかっているからだ。
「なんですか、そのしょっぱい対応……あぁ、はいはい。
そんな目で見ないでください。 ちゃんと結果を言いますよ。
やはりベラトールさんのところの信者でした」
ため息をつきながら結論を口にしたクーデルスだが、モラルはほとんど反応しない。
むしろ驚いた表情をしたのはアモエナだけだった。
「まぁ、そりゃそうよね。 そのまんま過ぎてモラルちゃんガッカリ」
「えぇっ? そうなの?」
「そうなんですよ、アモエナさん」
大して落胆しているわけでも無いが、面白くないのもまた事実である。
そう。 考えてみれば当たり前なのだが、スタンピードの情報をばら撒いて一番利益があるのはどう見ても彼らであった。
「スタンピードが起きるのは、ベラトール神をないがしろにした報いだと宣伝すれば、領主を攻撃する材料になりますからね」
「そんなことのために街の人々が不安になるようなことを言ってまわるの?
……本気で意味わかんない」
まだ幼さの残るアモエナには、自分の利益を優先する大人の姑息さが汚らわしいもののように見えるのだろう。
だが、その何十倍も生きているクーデルスから言えば、生きる事は綺麗ごとじゃないのだと、心の中で諦め交じりに呟くしかなかった。
「まぁ、大人たちがみんなアモエナさんのように潔癖なら、もう少しマシな世の中になるのかもしれませんねぇ」
もっとも、そんなアモエナもいつかは汚れてゆくだろう。
汚れる事ができなければ、人の何倍も生きる苦しみをあじあわなくてはならないからだ。
――願わくば、できるだけ穏やかに。 そして出来るだけ綺麗なままで生きてほしい。
アモエナが踊り子として大きな舞台に立つことを夢見る限りその願いは叶わないと知りつつも、そうもがざるを得ないクーデルスであった。
「さて、残念なお知らせもあります。
確認したところ近くのダンジョンで魔物が増えているのも事実なんですよね」
「もうそこまで調べたの? ダンジョンまで結構距離があるはずなのに」
少なくとも、モラルが知る限りそのダンジョンまでは人の足でたっぷり一日はかかる。
つまり、すでにクーデルスの使い魔はそんなところにまで到達しているという事だ。
余談だが、蝶の飛ぶ速さは種族にもよるが、自転車程度の速さから時速100キロメートルにまでも及ぶ。
「あの白い蝶の使い魔、性能いいのね。
いくつか譲ってくれると嬉しいんだけどぉ」
「まぁ、その話は後でしましょう」
すかさずおねだりに入ったモラルを、クーデルスはそっけない態度で退けた。
「まずは住人の不安を取り除くのが先決ですね」
「え? ちょっとまって! クーデルスってば、何をするつもりなの?」
たしかに住民の不安は早急に除くべきである。
クーデルスの言葉は間違ってはいない。
だが、そこに色々と説明が省かれていることに即座に気づいたモラルは、思わず問い返す。
しかし、クーデルスはいつもの胡散臭い笑顔と共に告げた。
「壁を作ります」
「ちょっ、待てやテメェ! いきなり派手すぎ……」
モラルの脳裏をよぎったのは、ハンプレット村を今も守護し続けている鉄と銅で出来た茨の壁である。
あんなものをいきなり作り出されたら、安心するどころかこの街が大混乱になる事は間違いが無い。
かつてのハンプレット村のようにおおらかで人や物が少ない場所ならばともかく、こんな人口密集地のそばでそんな事をすれば、そのパニックに乗じて窃盗などを働くものがいてもおかしくは無かった。
「ふふふ、モラルさん。 言葉遣いが乱れてますよ?
だが、クーデルスがモラルの制止を受け入れるはずもなく……魔術が解き放たれた瞬間、王都方面から派手な地鳴りと振動が押し寄せてきた。
「あぁぁぁ、やりやがった!
どうなるか完全に理解しているくせに、躊躇なくやりやがったよ、こいつ!」
モラルが完全に本仕様むき出しのまま叫ぶ。
「大きなことを成し遂げようとするならば、多少の犠牲は仕方が無いのです」
「嘘だ! こいつ、単に面倒くさいから、細かい仕事全部投げ捨てやがった!!」
緻密なようで、意外と大雑把。
クーデルスと付き合いが長くなると、実はこの男……要点だけは抑えているものの、細かいところは全部出たとこまかせで処理しているのではないかと疑問を抱くようになる。
そしてそれはおおむね事実であった。
「人聞きの悪い……そこは効率重視と言ってください。
時間とは魔力でも金でも買えない貴重な資源なのですよ?」
だが、そこはクーデルス。
否定も肯定もはっきりとはせず、わざと婉曲な言葉で煙に巻こうとする。
モラルの疑いのまなざしがクーデルスの顔に突き刺さるも、物理的にも精神的にも最上位ドラゴン級の面の皮はびくともしない。
むしろ巻き込まれた周りの人間たちのほうが殺伐とした空気に音を上げた。
「と、とりあえず何がどうなったか確認しませんか、モラル様」
「あ、えっと……アモエナちゃんだったわね。
恥ずかしいところを見せちゃってごめん。 確かに貴女の言うとおりよね。
この胡散臭さの卸売市場みたいな男が何をしでかしたか、確認しなきゃ」
声をかけられて、すっかり周囲がドン引きになっていたことに気づいたのだろう。
少なくとも、モラルはクーデルスより空気の読める女だった。
いや、空気は読めるけどそれを全く気にしない図太さが無かったというべきか。
その証拠に、クーデルスはこんな台詞を割り込ませてきたのである。
「それもあるでしょうけど、モラルさんには仕上げをしてもらいたいのですよ」
「……この期に及んでまだ何かやらかす気なの!?」
周囲の批難を一身に浴びながらも、むしろご注目ありがとうございますといわんばかりの態度。
しかも、本人は賞賛されるに違いないと、欠片も疑っていない。
「説明は後です。 さぁ、現場を見に行きましょうか」
そう告げると、クーデルスは先頭に立って現場へと向かうのであった。
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