第54話

「前に、チキチキダンジョン猛レースってやったでしょ?

 貴方と私が手を回して派手にやらかしたをやつ」


「あぁ、ありましたね。 発案者はアデリアさんでしたが、なかなか楽しい催し物になりました」


 突然モラルの口から飛び足した言葉を聞き、クーデルスは感慨深げに頷く。

 それは、彼にとっても忘れられない出来事であった。


 なお、ネーミングがクーデルスである事は、アデリアの名誉のために付け加えておく。


「そのオープニングで私の祭礼をやったでしょ?

 歌って、踊って、みんなで盛り上がって最高に気持ちよかったアレ」


「あぁ、私が妹から聞いた異世界に伝わる祭礼"アイドル・コンサート"ですね。

 後から人伝に聞きましたが、ものすごい反響だったそうで」


 その後も何度かアイドル・コンサートは開かれたのだが、あの時のアイドル・コンサートは特に評判がよく、今でも語り草になっていると言う。


「そうそう。 それを見たこの街の領主が、熱烈な私の信者になってくれたの」


 実際、あのコンサートを通じてモラル神の信仰は地域を問わず発生し、結構な社会現象になりつつあった。

 この信仰の増加によって、モラル神は地上に強固な信仰の基盤を作ることに成功しており、彼女が再び神々によって封印される恐れはとりあえずなくなったといえる。


 なお、モラル神のまねをしてアイドル化する神や精霊も存在しており、それなりの成果は出ているようだが彼女ほど成功した例はまだない。


「それで今ね、領主からスタンピードの解決を祈願さているんだけど……ちょーっと困ってるのよねぇ」

「手を出すと色々と不味いでしょうね」


 モラルはかつて国を滅ぼすほどの問題を起こしたため、天界の片隅に封印されていたという黒歴史がある。

 そのため、神々の間では未だに評判がよろしくなく、天界の神々のほとんどがベラトールについているのは容易に想像できた。


 つまり、迂闊に領主の願いをかなえてしまうと、他の神の領地を略奪したとそしられるのは見えているのである。

 そうなれば、彼女の政治的な立場はわりと危うい。


 そこまでの推理をした上でクーデルスが訳知り顔で頷くと、モラルはわが意を得たりとばかりに笑顔で手を叩いた。


「あ、わかるぅ? さっすがクーデルス。 話が早いわ。

 でね、助けてくれるとすっごく嬉しいんだけど……」


 露骨なおねだりに入るモラルに、クーデルスは苦笑いを浮かべながら肩を竦める。

 一方、それを見入る人間たちは上級神からおねだりされるって何者ですかといった顔でドン引き状態になっていた。

 もっとも、すでにその正体はわかりきっているのだが、話が大きすぎて現実が受け入れられないようである。


「まぁ、貴方に頼まれればやぶさかではありませんが、ただでこき使うのは酷くないですか?」


「そうね……代わりに、そこの女の子に私が踊りを教えてあげるっていうのはどうかな?

 これでもわたし、舞踊の神でもあるのよね」


 モラルがチラリとアモエナに目を向けると、急に注目を浴びたアモエナが驚いて目を見開く。


「え、私!?」


 街を脅かすスタンピード脅威と、少女一人に踊りを教える事。

 とてもでは無いがつりあいがとれているとは思えない。


 だが、クーデルスは大して迷う素振りも見せずにその提案を受け入れた。


「仕方ないですねぇ。

 あの陰険なベラトールさんと事を構えるのはわりと嫌だったんですが」


 昔、よほど嫌な事があったらしい。

 クーデルスの口がへの字に曲がる。


「うふふ……代償なんかなくても、本当はもともと助けてくれる気だったんでしょう?」


 口元をほころばせながら、モラルは色っぽい流し目をクーデルスに送った。

 この男が身内に、特に女性に弱い事は周知の事実である。


「そこについては明言を避けさせてください。

 私にも色々と世間体と言うものがありますので」


 クーデルスは苦笑いをし、否定も肯定もしなかった。

 下手に言及すると、美人局を使ってクーデルスを利用しようとする輩が蟻のように集ってくるからである。

 かといって、下手に強く否定をすれば今までの行動からかえって嘘だと思う者が出るに違いない。

 つまり、曖昧でよくわからない状態にしておくのが一番なのだ。


「さて、スタンピードを何とかするよりも先に、やるべき事がありますね」

「そうなのよ。 もー、鬱陶しくて」


「いったい誰がスタンピードが起きるという話をばら撒いているのでしょうねぇ。

 だいたい見当はついておりますが」


 この状況下でそんな事をして利益がある存在は限られている。


 一つは商人。

 何か事件が起きると、それによって経済も動くからだ。

 具体的には、逃げるために物資を買う人間が増えるということである。


 次は冒険者と傭兵。

 危険意識が高まるという事は、防衛手段を求める者が増えるということである。

 魔物や盗賊が跋扈するこの世界では、護衛無しで街の外に出ることはありえない。

 そんな事をするのは愚かで貧乏な旅人ぐらいのものである。


 そして、最後にもっとも疑わしいのは……。


「まぁ、憶測で事を起こしては思わぬ状況になりかねませんから、念のために裏はとりますか。

 しかし、ドワーフさんたち遅いですねぇ」


 一抹の不安を抱えつつも、クーデルスはアモエナを捜すためにつかった魔術をさらに広範囲に広げ、街中の人間を監視しはじめた。

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