第53話

「アモエナさんに何かあったんですか?」

「あの子は無事なの?」


 クーデルスの不穏な発言に、ドルチェスとカッファーナが詰め寄る。

 すると、クーデルスはなんとも煮え切らない感じの声で彼らに答えた。


「あぁ、心配しないでください。 アモエナさんは無事です」


 人を安心させるような台詞なのだが、クーデルスの声は明らかに声が沈んでいる。

 なんというか、いつも妙なテンションと余裕を身にまとい胡散臭い笑みを浮かべているクーデルスにしては珍しい反応だ。


「何が厄介なんですか?」

「いえ、その……なんといいますか……ちょっと……アモエナさんが、知り合いと一緒にいるんですよ」


 ドルチェスの問いかけにも、やはり歯切れの悪い言葉が返ってくる。

 この男にここまでの表情をさせる存在とは、いったい何者か?


 すると、クーデルスはため息を吐きつつ、ガックリと肩を落とした。


「あぁ……こっちに気づいたようです。

 手を振っていますね。

 この様子だと、アモエナさんをここに届けてくれるついでに私の顔を見に来るでしょう」


 どうやら問題の人物をまもなくこの目で確認できるらしい。

 もしかしたら逃げたほうが良いのかもしれない――クーデルスがここまでの反応をするのだから、生半可な存在では無いはずだ。

 ドルチェスとカッファーナの顔が、怖いもの見たさと好奇心で揺れ惑う。

 

 そして半刻ほど立っただろうか?

 アモエナと共にやってきたのは、17歳ぐらいにみえる・・・少女だった。

 クーデルスは出来るだけその少女を視界にいれないようにしながら、アモエナを迎え入れる。


「お帰りなさい、アモエナさん。

 どうして勝手に出て行ってしまったんですか? ものすごく心配したんですよ?」

「えっと……ご、ごめんね?

 でも、私だってみんなの役に立ちたかったの」


 そう言いながら、アモエナは俯いたまま上目遣いにチラッチラッとクーデルスのほうを見るのだが、クーデルスは悲しげな雰囲気を纏いつつ何も答えようとはしなかった。

 そんな反応に焦りを憶えたのだろう。

 アモエナは飼い主の機嫌を伺う子犬のような目で、自らの成果を訴えかける。


「で、でもね! 今回の事件に詳しい人が見つかったの!!」


 だが、クーデルスはそのやってきた人物に向かってチラリと視線を向け、ため息と共に両手で顔を覆った。

 なぜなら……。


「はぁい、クーデルス。 お・ひ・さ・し・ぶ・り! モラルちゃんです!!」

「……お久しぶりです、モラルさん。 二年ぶりぐらいですか?」


 そこにいたのは、紛れも無く第一級の水神であり、感情を貪る禁忌の女神モラルであった。


「久しぶりなのにリアクション薄っ!!

 あれからぜんぜんハンプレット村に立ち寄ってくれないしー。

 ダーテンはもとより、アデリアも寂しがっていたわよ?

 ……というよりもねぇ」

「……怒ってました?」


 恐る恐るたずねると、モラルは一瞬で真顔になる。

 そして感情を押し殺した平坦な声でクーデルスに告げた。


「次に会った時、蹴りが飛んでくる程度で済めばいいんじゃね?」


 色々と合わす顔が無いのも確かだが、気まずさからつい遠ざかっていたのは紛れも無い事実だ。

 そして、人間にとって2年と言う歳月は決して短くは無い。


 このまま永遠に会わないというわけにも行かないだろうし、下手をすれば痺れを切らしたダーテンあたりが手当たり次第に神々のコネを使って会いにやってくるだろう。

 ……クーデルスの不義理に怒り狂ったアデリアをつれて。


 被害のレベルが最大にならないうちに会いに行かなくてはならないでしょう――だが、その時の事を考えると、クーデルスの背筋に寒いものが走った。


「えっ、ご紹介していただいてよろしいかしら?

 あと、ものすごく聞き覚えのある名前がいくつか混じっていたんですけど」


 クーデルスとモラルの間に漂うなんともいえない空気に割って入ったのは、カッファーナであった。

 アデリアが主人公の物語を書いている彼女としては、絶対に聞き逃せない内容である。


「はぁ……こうなっては仕方が無いですねぇ。

 貴女の考えている通りですよ。

 人の目と耳があるので明言はしませんけどね」


 できればただの旅人として過ごしたかったのですけどねぇ――クーデルスの目がそんな台詞を言外に語りつつモラル神を恨みがましい目で睨む。


「ねぇ、クーデルス。 もしかして……この人連れてきたのはまずかった?」


 どうやら自分がやらかしてしまった事を悟ったのだろう。

 アモエナの目が不安と涙で曇り始める。


 すると、クーデルスはそんな彼女の頭を優しく撫でながら、何かを諦めたように溜息をついた。


「なんとも言いがたいですね。

 彼女と会いたくなかった言うより、ハンプレット村のその後の事を聞くのが怖かったといいますかね……。

 なかば逃げ出したようなものですから」


 困ってはいるけど、怒ってはいない。

 そんなニュアンスの言葉にホッとしたのだろう。

 アモエナがその表情を和らげた瞬間、クーデルスは無言で周囲に隠蔽の魔術をばら撒いた。

 他人の言葉が気にならなくなる類の代物だ。


 そして自分の周囲にだけその魔術が及ばぬよう微細な調整を行うと、クーデルスはモラルに疑問を投げかける。


「そういえばモラルさん。 なぜ貴女がここにいるのですか。

 村の守護神である貴女が、ハンプレット村を離れるなんて普通の状況じゃないでしょ」


 すると、彼女はクーデルスが思いもよらなかったことを口にしたのである。


「うふふ、もう村ではなくて街なの! 今度ちゃんとお祝いにきてよね!

 それとね……ここにいても特におかしな事はないわよ?

 この街の領主はモラルちゃんの熱烈な信者ファンだしぃ」

「……え?」

「街のあちこちにはすでにステージつきの神殿まであるのよね。

 私が様子を見に来るのは当たり前じゃない」


 そう言われ、クーデルスは思い出す。

 先ほど女騎士が語っていた、彼女たちの背後にある格が高い水神と言うのはまさか……。

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