第52話
「さて、この街は早々に立ち去ったほうがよさそうですねぇ」
女騎士が去った後、出入り口のドアを眺めながらクーデルスがボソリと呟いた。
「やはりクーデルスさんもそうおもいますか。 ふぅ、やっと新作を公演できると思ったんですがね」
「残念だわ。 今、王立舞踏団の連中が地方公演に来ているらしいから、一度舞台を見ておきたかったのに」
色々と思うところはあるようだが、ドルチェスとカッファーナもクーデルスと同じ結論を出したらしい。
「世辞なれた貴方達はともかく、アモエナさんを危険に晒すわけにもゆきませんからね。
それでもやろうとおもえば解決できないような問題ではないと思いますが、そこまでする理由が無いんですよ。
あの女騎士がもう少し私の好みだったら話は違ったかもしれませんが、あの手のタイプはどうも面倒くささが先にきてしまいまして……」
女性と見れば誰でも口説くイメージのあるクーデルスだが、一応は苦手なタイプと言うものもあるらしい。
ただ、見た目は結構好みであったらしく、思い返して名残惜しそうにため息をつくあたり、やはり残念な男であった。
「では、リンデルクに戻るので? ……個人的にはあまりお勧めしたくないですが」
反対と言うわけでも無いのだが、どうやらドルチェスは乗り気では無いらしい。
色々と悪目立ちしすぎたのもあって、あの街は彼にとっても居心地が悪いのだ。
すると、クーデルスは想いもよらない提案を口にした。
「いえ、このまま一気に王都へと向かいましょう」
「スタンピード直前のダンジョンが間にあるのにですか?」
思わずドルチェスが聞き返す。
すると、クーデルスは大きく頷いてからその理由を語り始めた。
「本当にスタンピードが起きる間際であれば、街の混乱はこの程度ではすみません。
外出も禁じられるようになるでしょうし、出入り口となる門が封鎖されるはずです」
「つまり、今ならば間に合うってこと?
確かに言われてみればそうだけど、大胆な男よねぇ」
カッファーナが褒めているとも呆れているとも付かない言葉でクーデルスのアイディアを評価する。
並みの神経であればそこに思い至っても躊躇うに違いない。
「ええ、逃げ出すならば今しかありません。
そして、たぶんそれが一番安全なんですよ」
クーデルスは笑いながらそんな台詞を吐くが、彼がこのような計画を立てたのにはもう一つ理由があった。
リンデルクに続く道は、昨日クーデルスが土砂崩れを起こして誰も通れなくしてしまったからだ。
しばらくすれば、リンデルク方面に逃げた連中もこの街に戻ってきて、その事実が発覚するだろう。
できれば、それまでにこの街を離れておきたい。
それに……。
「正直、このスタンピードの騒ぎにはかかわりたくないんですよねぇ。 色々と胡散臭くて」
「貴方の口から出ると、ひときわ感慨深い言葉ですね」
おそらくクーデルスを知る者がここにいれば、全員が心の中でこう呟くだろう。
お前が言うな、もしくはお前だけには言われたくない……と。
「さて、そうと決まればアモエナさんにも話をしなくてはいけませんね」
「まだ拗ねたままなの? 甘やかすのもほどほどにしないと、後々手がつけられなくなるわよ」
クーデルスの甘さにため息をつくカッファーナだが、ふとクーデルスの様子がおかしいことに気づいた。
「ねぇ、どうしたの?」
「……気配が感じられません」
そう告げるなり、クーデルスはアモエナの閉じこもった部屋に向かって走り出し、鍵のかかったドアを障子紙のように引きちぎった。
「アモエナさん!?」
そして部屋に踏み込んだクーデルスたちの見たものは、もぬけの殻となったベッドと、開けっ放しの窓。
さらにその窓から伸びているカーテンの成れの果てであった。
「見張りは何をしていたんです!」
声を荒げるクーデルスに、見張りを担当していたフンゴリアンはただ身を竦めるばかりである。
だが、怒りをぶちまけていても仕方が無い。
おそらく、アモエナは一人で情報を探りにいったのだ。
クーデルスたちを見返すために。
「探しに行きましょう」
「手分けしたほうがいいわね」
そう言いながら街に出ようとするドルチェスとカッファーナだが、クーデルスは彼らの腕を掴んで引き止めた。
そして告げる。
「いいえ、その必要はありません。 ちょっと本気を出します」
すると、クーデルスは窓の外に手を突き出し、何かを小さく呟いた。
「……
次の瞬間、ブワッと彼の手から大量の綿が生まれる。
「……
さらに呪文を唱えると、その綿は純白の蝶となって街中に散ってゆった。
そしてクーデルスは目を閉じたまま呆然としている二人に語りかける。
「彼らの目と耳を借りれば、アモエナさんはすぐに見かりますよ。
あなた方は解いた荷物をまとめなおしておいてください」
その言葉通り、程なくしてアモエナの姿は見つかったのだが……。
クーデルスは苦い顔でこう呟いた。
「少し厄介なことになりました」
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