第59話
ティンファの街にある裏カジノ……それなりに名のしれた場所であったが、潰れた今となっては店の名前などどうでもいいだろう。
クーデルスたちの姿は、この紳士淑女が表立って楽しめないことをするための娯楽の殿堂、その中でも特に税を凝らしたVIPルームの中にあった。
「さて、話し合いをはじめようか」
派手な装飾を施された革張りの椅子に体を預けると、ベラトールは上から目線で話を切り出す。
厳つい顔とあいまって、まるでマフィアの大親分のようだ。
なえ、その足元には本来の持ち主が氷漬けになって転がっている。
「そうしましょう。 時間は有限ですしね」
クーデルスはその向かいにある椅子に腰をかけた。
彼の隣にはモラルが座り、その太い腕にしなだれかかる。
皮肉なことに、本来の持ち主たちよりも彼らのほうが部屋に馴染んで見えた。
いや、人が使うには装飾過多で悪趣味な場所であるからこそ、人を超えた彼らには似つかわしいのだ。
なお、他の面子は恐れ多くて立ったままである。
最上位の神々と最上位の魔王が密談をする席に座りたいという人間はひどく稀であろう。
さらに言うなら、その場に居合わせて正気を保っていられる人間はさらに稀だ。
もっとも、正気でいられるのが幸せなことかといわれたら、当の本人たちは首を横に振るだろう。
狂っていれば、このとてつもない威圧感に苦しまないですむかもしれないからだ。
そんなわけで、クーデルスがアモエナに向かって手招きをするのだが、彼女はそそくさとドルチェスの背中に隠れてしまった。。
「くくく、振られたなクーデルス」
「きっと貴方の顔が怖いからですよ」
軽口を軽くいなされ、ベラトールの眉間に皺がよる。
どうやら顔が怖い事をこっそり気にしているようだ。
「ちょっと、遊んでないではなく本題に入りましょ」
再び口喧嘩が始まりそうな予兆を感じ取り、すかさずモラル両者の間に割ってに入った。
ついでにこっそり両者から怒りの感情を吸い上げる事も忘れない。
この女神、何気に仲裁役としては優秀であった。
「確かにモラルさんの言うとおりですね……。 では、最初に一つ確認です」
おもむろに話しをする体制に入ったクーデルス。
だが、彼はいきなりこんなことを言い出したのである。
「ベラトールさん。
今回のスタンピード、貴方が画策したものじゃないですよね?」
疑いをかけられたベラトールは、眉間に深い皺を刻んだ。
それだけですんだのは、クーデルスが違うことを確信しているような口調だったからだろう。
「失敬な。 ……とはいえ、貴様が疑うのもわからなくは無い。
だが、考えても見るがいい。 自分で最初から画策するならもう少しマシな手を使う。
さすがにそんなリスクの大きな方法は選ばんな」
ベラトールの言葉に、クーデルスは大きく頷いた。
「まぁ、そうでしょうね。
大方、今回の事はちょうどいいものがあったので利用した程度でしょう」
そう。 理想的では無いが、結果的に楽にすむ話ならばその程度の妥協はやぶさかではない。
ベラトール神の性格を考えれば、この状況はそう流れるのが必然である。
お分かりだろうか。 必然なのだ。
「つまり、偶然のわりには色々と都合がよすぎる。 お前が疑っているのはそういうことだな?」
「やれやれ、こういうところだけは話が早い。
……というか、貴方の場合は最初からわかってわざと話に乗ったでしょ」
クーデルスはやってられないといわんばかりに肩を竦め、近くで氷の柱になっていた給仕に視線を向ける。
その瞬間、ベラトール神のかけた呪いが解け、給仕は息を吹き返した。
「すいませんが、何か飲み物をお願いできますか?
甘口でアルコールの強め、できれば桃か何かのフレーバーがいいですね」
「ひっ……は、はいっ!!」
仮死状態から起きたばかりの給仕は、それでもなんとか状況を理解したのだろう。
数秒ほどあたりを見回すと、文字通り飛び起きて酒の調達に走っていった。
「私のかけた呪いを視線だけで解除して、あまつさえ死から呼び戻すか。
相変わらず命をいじくる術にかけてはデタラメだな」
「あまり褒められた気はしませんねぇ。 本気でやったものならともかく、あんな手抜きした呪いぐらい視線程度で十分でしょ」
やがて給仕が酒を手に戻ってくると、モラルがそれを受け取ってカップに注いだ。
そしてモラルは酒の入ったカップをクーデルスに渡しながら、ふと疑問に思ったことを口にする。
「ねぇ、クーデルス。
さっかの話を要約すると、この状況をお膳立てした奴がいるってこと?
それって、モラルちゃん的にもすごく面白くないんですけどぉ」
ふざけた言い回しだが、モラルはこれでも第一級。 最上位の神である。
そのプライドの高さについてはベラトールにも引けを取らない。
「腹ただしいことに、その可能性高いとおもいますよ。
大胆なことを考えるものですねぇ。
まぁ、このシロクマをそう都合よく振り回せると思っているなら、ずいぶんとおめでたいというほかはありませんが」
クーデルスの視線を受け、ベラトールが鼻を鳴らす。
「ふん。 そこまでわかっているなら、黙ってみていてもらおうか」
「お断りします。 貴方の場合、自分の都合さえよければ周りの迷惑なんて顧みないでしょ。
巻き添えをくって痛い目に合うのはまっぴらです」
その瞬間……全員の視線がクーデルスに集まった。
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