第60話
「なんでしょう、このシロクマの同類扱いされたみたいで、ものすごく不本意なんですが」
自分の集まった視線が不快なのか、クーデルスは思わずそんな台詞を口にする。
しかし、誰からも否定の言葉が返ってくるはずもなかった。
むしろなんと答えていいのかわからず、場の空気が重い。
「では、そろそろこちらの要望も言わせて貰おうか」
そんな空気を断ち切るように、ベラトールが咳払いをしてから話を切り出す。
「私が求めるのは、この街への不干渉だ。
そもそも、そこの女神はすでに自分の信仰拠点がすでに存在しているだろうが。
だというのに、他の神の信仰拠点までほしがるというのは、少々欲が過ぎると思わないか?」
だが、批難の目を向けられたモラルはというと、まったく恥じ入るような様子はない。
それどころか、肩を竦めんばかりの表情でその主張を退けた。
「とは言ってもねぇ。 人間たちが私を信仰するのを止める権利は誰にも無いわよ?
そこに異議を唱えだしたら、問題は私達だけに収まらなくなっちゃうわ」
もしもそんな実例が一つでも出来たならば、最悪の場合、行き着く先は神々による戦争である。
ほとんどの神々が人間社会に直接介入するようになり、この世界は混沌とした時代を迎えるに違いない。
それがわかっているだけに、ベラトールもモラルの主張は否定できなかった。
大きな力を持つ神々だからこそ、越えてはいけない一線と言うものが存在するのだ。
「……あのクソ忌々しい馬鹿領主め。 簡単に踊らされおって。
事が落ち着いたらすぐに始末をつけてくれる」
「うふふ、魅力的って罪よねぇ」
今にも領主を呪い殺しそうなベラトールとは対照的に、モラルはむしろご機嫌に見えた。
だが、彼女とて自分もまた利用された側である事は理解している。
そのハラワタは煮えくり返っているに違いない。
「それで? 不干渉の立場をとる代償としては何をいただけるのでしょうか」
「私もメリットの無い話はいやよ?」
ベラトールの要望は、クーデルスやモラルにとって全く利益を伴わない。
特にモラルにとってはデメリットのほうが大きかった。
そう、この状況を画策した何者かはモラルを引き込むことでベラトールを牽制し、さらにはモラルに利益を与えるとでベラトールと簡単に和解できないよう仕向けたのである。
何者かは知らないが、実に利益と言うものの性質を理解しているやり口だ。
「ずいぶんと ケチくさいことを言ってくれる」
敵の狙いがわからないわけではないが、この二人を相手に下手な譲歩をすれば、どこまでむしりとられるかわかったものではない。
そんな不信感もあらわに、ベラトールは低く唸り声を上げる。
「そこはそれ。 何も代償の無い仕事を引き受ければ、信用もまた得られませんからね。
貴方も要望があれば全て吐き出しておくべきだと思いますよ」
クーデルスは酒で唇を湿らせると、さらに言葉を重ねた。
「そもそもこの話し合いは相手のケツの毛までむしりとることが目的ではありません。
我々がお互いにどこまで妥協できるかを見極めながら、最大の利益を求めるためのもの……ちがいますか?」
クーデルスの言葉に、ベラトールはしばし口を閉ざす。
そして、今聞いた言葉を十分に吟味してから彼は探るように告げた。
「要するにだ。 互いに利益が出ないような協力体制は意味が無い。
そういう意味として捕らえてかまわないか?」
「もちろんです。 私達は互いの欲に振り回されて大局を見失うほど愚かでは無いはずですよね?」
その言葉を聞き、ここまできてようやく警戒を緩める気になったのか、ベラトールの姿がシロクマのそれへと変わる。
シロクマの姿のままでは色々と力を振るうのにも制限があるのだが、クーデルスの呪いに抗い続けるのは流石に負担が大きいのだ。
「いいだろう。 そのあたりの話はじっくりと煮詰めようじゃないか」
「うっわ、シロクマが舌なめずりしている。 こっわーい」
「うるさい。 この、猫かぶり女神め」
「まぁまぁ、そう声を荒げずに。 とりあえず、話を煮詰める前にワインで乾杯しませんか?
この街のワイン、けっこう美味しいものがありますし」
「クーデルス、あんた見た目に合わずけっこうな酒好きよね……。
まぁ、いいわ。 この街のワインは確かに美味しいし」
「あぁ、割と最近になってこの街で作り始めたワインが値段も安くて味も良いと評判だな。
いいだろう。 このまま喧嘩腰で話し合いをするのも賢くはないし、気分を変えるにはちょうどいい」
そのあとは、実に無駄の無い提案と調整が続いた。
そして話し合いが終盤に差し掛かり、とりあえずの結論が出たかに見えた頃である。
「なにやら外が騒がしいですね」
ふと聞こえてきた雑音に、クーデルスが顔をしかめた。
どうやら、入り口を見晴らせていたフンゴリアンたちが誰と言い争いをしているようである。
「誰よぉ。 空気読んでっていうか、気分悪いんだけどぉ」
「不遜な輩め。 氷漬けにしてくれよう」
せっかくの話し合いに水を差され、水神二柱が殺気を帯びる。
それだけで周囲の気温がガクンと下がった。
「まぁ、それは最後の手段と言うことで。
誰かの知り合いが火急の用件で来たのかもしれませんから」
あいかわらずドワーフたちが帰ってこないので、クーデルスは先ほど即興で作り上げた白い蝶の使い魔を建物の入り口へと放つ。
「あれま、これはまた意外な人が」
思わず呟いたクーデルスに興味を引かれたのか、モラルが首をかしげる。
「誰が来たの?」
「名前は知りません。 先日、この私に街の防衛の手助けを強制してきた女騎士です」
おそらくクーデルスの動向を探っているうちに、ここにいることを嗅ぎつけたのだろう。
だが、神と魔王が話し合いをしている場に乱入してくるなど、狂気の沙汰でしかない。
横で黙って話しを聞いていたドルチェスとカッファーナは震え上がった。
下手をすれば、神罰が飛んでくる。
それも、天界でも指折りの力を誇る神、しかも二柱分の神罰だ。
巻き込まれれば、確実に命は無い。
「フラクタ君。 これを彼らに。 護って差し上げなさい」
クーデルスはいつも身に纏っている黒いローブを脱ぎ去ると、ドルチェスのほうに投げた。
すると、地面から生えてきた触手がそれを受け取り、無力な人間三人をそのローブで覆い隠す。
さらにはその触手自体が三人をグルグルと取り囲んでから魔力を放ち、空間ごとその場から隔離した。
その直後である。
「貴様、何の悪巧みをしている!!」
何も知らない女騎士が部下を引き連れて部屋になだれ込み、それを三人の化け物が冷ややかな視線で出迎えた。
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