第22話
「隠れていても無駄ですよ。 そこです!」
鋭い声と共に、クーデルスの鼻から再び光が放たれた。
「ひゃあぁぁぁ!」
光を浴びた岩が爆発し、その後ろから悲鳴とともに一人の人物が転がり出てくる。
破壊された岩の後ろから転がり出てきたのは、子供のように小柄な人物だった。
「うわぁ、すごい派手!」
その人物を見て、アモエナが思わず声を上げる。
無理も無い。 現れたのは、ピンクのロリータファッションに身をつつんだも桃色の髪の少女であった。
その服には、いったい幾つのレースとフリルがついているのだろうか?
ある意味、バロック文化のお姫様のような姿である。
「しかも美少女!!」
だが、アモエナのそんな賞賛の声にも関わらず、クーデルスは残念そうに首を横にふった。
「残念ですが、美少女ではありません。 綺麗な顔ですが、彼は少年ですよ?」
「えぇっ、男の子なの?」
アモエナが見る限り、とても男には見えない。
細くて華奢な肩、長いまつげ、迂闊に抱き寄せたら折れそうな腰。
少年要素といったら、せいぜいショートボブの髪型ぐらいである。
「はい。 彼こそは裁定神ユホリカに間違いないでしょう。
私が他の神々から伺った話と一致します」
クーデルスの冷ややかな声と視線が、少年神の姿を捉える。
まるで心臓をつめたい手で鷲掴みにされたような悪寒を覚え、裁定神ユホリカは体を震わせた。
「た、助けて……痛っ!?」
クーデルスの視線から逃げようと、街のほうに向かって走り出した裁定神ユホリカだが、突如としてその足がもつれる。
みれば、彼の足にタコのような触手が絡み付いていた。
「ふ、私のフラクタ君から逃げられると思わないでください」
「あのタコ足、名前あったんだ?」
自慢げに語るクーデルスに、横からアモエナの声がたずねる。
「ええ、魔帝王領で私がお仕事していた時の副官さんですよ?
ローパー族の美青年で、本来は無数の触手が絡み合った姿をしています。
本人は今もその領地にいまして、その分身である触手だけ送ってもらっているのです」
やけに気軽に呪文もなく呼び出して使っているかと思えば、実は自分でやってなかったというオチであった。
こき使われる副官は、さぞ気を悪くしていることだろう。
「なんか……想像したら気持ち悪い」
「失礼ですよ、アモエナさん。
あの触手の曲がる角度とイボの配置は、この世界の自然法則を象徴しているのです。
この数学的美しさがわからないだなんて、不幸な方ですねぇ」
しみじみと語るクーデルスだが、おそらく彼の意見に同意できる者は、この世界でも少数派だ。
そうであるがゆえに、フラクタ君はこのどうしようもない上司……クーデルスに付き従っているのであろうが。
「さて、なぜ覗き見なんかしていたか、理由をお伺いしても?」
「た、食べないでくださいぃぃぃ!!」
話題を変えたクーデルスがユホリカ神に視線を戻すと、彼は怯えたような顔で後ずさった。
「食べませんよ。 人聞きの悪い」
「だって、ドラゴン……」
ふと漏れた呟きに、クーデルスは興味を引かれたように笑みを浮かべた。
「おや、私のもう一つの姿がわかるのですか? なかなか優秀ですねぇ」
クーデルスには人に良く似た魔族の姿のほかに、派手な色合いをしたドラゴンとしての姿が存在している。
どちらが本当の姿というわけでもなく、右手を使うか左手を使うか、もしくは一枚のカードに表と裏で違う姿が描かれているようなものだ。
だが、クーデルスは好んで人に近い姿を使っている。
ドラゴンの姿が他人から敬遠されることを知っているからだ。
もっとも、普段のクーデルスからドラゴンの要素を見出すあたり、よほど観察力があるか、何か特殊な目を盛っているのかもしれない。
いずれにしても、面倒な話である。
「怯えるのは勝手ですが、私は特にこの街に害を与えるつもりはありませんよ。
この子たちが食い扶持を稼ぐのを邪魔しなければね」
クーデルスが軽く圧力をかけてそう言い放つと、ユホリカ神はコクコクと何度も無言で頷いた。
こちらはこれで話が済んだようである。
「あとは……この馬鹿神の後始末ですねぇ」
「ひぃぃっ!?」
クーデルスの視線が向くと、騎士姿の元守護神は今にも漏らそうな勢いで怯えた声を上げる。
その姿を見て、クーデルスは困惑した表情を作った。
「ユホリカさん、一つうかがいますが……なぜこの馬鹿の片棒を担ぐような真似を?」
「だ、だって、ロザリスさんがいきなりこの街に居座って、何とかしてくれるまで動かないとか言うから……」
「なるほど、この馬鹿神の名前はロザリスと言うのですね。
そして貴方も被害者でしたか」
ならば、謝罪と賠償を求める相手は一柱だけでいい。
クーデルスは自らの成すべきことを確認すると、厳かな声で宣言した。
「しばらくこき使ってあげましょう。 ただの人間としてね」
そういいながら、懐から紫色をした怪しい薬品を取り出す。
どう考えてもロクな薬品では無いだろう。
そして予想通り、クーデルスはおぞましいことを口走ったのである。
「ご存知ですか? バビニクの実という果実の事を」
元守護神であるロザリスの顔色が、青を通り越して土気色になった。
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