第21話
「陰謀劇は、主にアモエナさんが寝ている間にですね。
あまり教育上よろしくない会話が多かったもので。
いやあ、おかげで色々とコネが出来ました」
ふんぞり返ってそんな台詞を吐いた後、クーデルスは騎士姿の神を見下ろす。
敵のそのまた敵と利益を共有することで自分の力を増やす事は、まさにこの魔王の得意とするところだ。
「私が憎いですか?
でもね、そもそも……自分の守護する街をグダグダにしてしまった貴方が一番悪いのです。
領主さん、かわいそうに額の生え際がかなり危険でしたよ?」
もっとも、今の領主はクーデルスの策謀によって重圧のほとんどから解放され、さらにご利益のダメ押しにとばかりにこっそり塗っておいた発毛剤によって前髪はフサフサである。
彼が今までの信仰を捨て、新しくモンテスQの崇拝に目覚めたのも無理はなかった。
「う、うぐぐぐぐ! そ、それでも貴様が不当に守護神の地位を乗っ取る悪行の手助けをしたのには変わりないわっ!!
悪いのはキサマだ!!
これは、この街の守護神である裁定神ユホリカ殿のお墨付きであるっ!!」
なるほど、なぜこんなところで襲い掛かってきたのかと思えば、本拠地ではあるが裏切り者のいるパトルオンネの街よりも、コネのある神のお膝元のほうが都合が良かったのだろう。
だが、その言葉に反応を示したのはクーデルスではなく、アモエナであった。
「うわぁ、神様ってもっと毅然としているんだと思っていたのに、なんかすごくガッカリ」
「うぐほぁっ!?」
思春期の少女の素直な感想が、やさぐれた元守護神の胸をえぐる。
そしてその言葉に便乗するかの如く、クーデルスが笑顔で告げた。
「まぁ、そんな
あれはせいぜい六級程度ですからね。
そんな超然とした態度を求めても仕方が無いのですよ」
ミロンちゃんに踏まれたままの元守護神に、クーデルスの言葉のトゲが追い討ちで突き刺さる。
『過大な期待』のあたりにいろいろとトラウマをえぐるものがあったのか、微かに鼻水をすする音が聞こえるが、そんな事で責める手を緩めるクーデルスではない。
「そもそも見るからに脳まで筋肉ですからねぇ。
ダーテンさんはあれで知恵の回る人でしたが、この方は本気で頭使うのが苦手なのでしょう。
おおかた、商人共の悪知恵に対応するには力が足りず、見栄を張って部下の手助けを拒んだのがあのザマといったところでしょうか」
クーデルスが今までの情報を基にした推論を口にすると、ミロンちゃんの足元からすすり泣く声が聞こえ始めた。
「ちなみに私の知り合いの神様たちもなかなかに愉快な方々ですよ。
なんだったら呼んでみますか?
ふたりとも上級神なので、こんな雑魚神なんか鼻息で潰せますけど」
その上級神を気軽に呼びつけるクーデルスが一番恐ろしいのだが、本人にはあまり自覚が無い。
無礼だといわれても、お友達だからいいのですと返すことだろう。
「ば、ばばば、馬鹿な! 貴様ごときにそんな神々を呼べるものか!」
あまりにも恐れを知らぬクーデルスの言葉に、元守護神の声が震える。
上級神を呼ぶなど、それこそ何ヶ月も、下手をすれば年単位で準備をしても成功するかどうか怪しいことだ。
しかし、クーデルスはその長い前髪の裏で眉をしかめた。
「貴方……私が誰だかわかってないみたいですね。
まぁ、中級以下では仕方の無い話ですが」
当然ながら、クーデルスは本来の力を隠蔽している。
本来の魔力を制御もなしに解き放てば、周囲にいる生き物は無事に済むはずが無いからだ。
アデリアやサナトリアが本気を出したクーデルスの近くにいて無事だったのは、ひとえにクーデルスがこっそりと自分の魔力に耐性をつける肉体改造を施していたからである。
なぜそんな事をしたのか……理由は簡単。 寂しかったからである。
つまり、独占欲からくるマーキングのような代物だ。
もっとも、実害は無いのでダーテンもモラルも放置していたのではあるが。
当然、アモエナはもとよりドルチェスとカッファーナにも少しずつ処理をくわえている。
魔王だけあって、わりと自分勝手ではた迷惑な男であった。
「クーデルスさぁ、たしか中級神ってむちゃくちゃ偉かったとおもうんだけど?」
「まぁ、そうなんでしょうね。 人間たちの間では」
上級神しか神々に知り合いのいないクーデルスからすれば、中級程度の神をありがたがる人間たちの感覚がよくわからない。
「さて、どうします? 貴方が遊んでほしいというならば、私が少しだけ付き合って差し上げてもよろしいですよ?」
そういいながら、クーデルスはその黒いローブを脱ぎ捨てる。
同時に角が伸び始め、下に着ていたタンクトップの隙間から大きな竜の翼が顔を覗かせた。
しかも、周囲に放たれる魔力は、上級の神々の中でもさらに上の存在と比べても遜色がない。
「宣言どおり、鼻息で潰して差し上げます。 痛くはしますけどまぁ……中級とはいえ神だから死なないでしょう」
そういいながらクーデルスは片方の鼻を指で押さえると、軽く腹に力を入れた。
同時に、残った鼻の穴からピッと軽い音とともに翡翠色の光が放たれる。
……なお、断じて鼻水ではない。
「うぐはぁぁぁぁぁぁっ!?」
鼻から出た破滅の吐息は、元守護神を捕らえるとチュドォォォォンと凄まじい轟音とともに爆発した。
あまりの威力に耐え切れず、元守護神は悲鳴を上げながら爆煙の中に消えてゆく。
そして視界が綺麗になった頃。
「さて、まだ生きてますよね? これでもかなり手加減して差し上げましたから」
クーデルスの視線の先には、元守護神の姿があった。
ただし、存在が消えかけているのか半透明になっており、時折点滅している。
「くっ、この私が……一撃で……お、おのれ……」
元守護神は、ゆっくりと体を起こす。
そしてあの衝撃でも離さずに握り締めていた剣を握りなおすと……それをあっさりと放り投げた。
さらに表情を引き締め、姿勢を低くし、まるで獲物に飛びかかろうとする獣のような姿勢をとる。
そして次の瞬間、彼は行動に出た。
「真に申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁぁっ! 勘弁してください! 死にたくないです!!」
彫像にしてそのまま飾っておきたいような、見事なまでの土下座である。
「はぁ、なんと情けない。 でも、そういう正直な方、嫌いではありませんよ」
クーデルスは額に手を当てたままため息をつくと、苦笑いとともに呟いた。
そして顔を上げると、厳しい声で告げたのである。
「それと、そこに隠れている貴方。
出てきなさい。 覗き見は失礼ですよ」
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