第20話

「ねぇ、なんか最近物々しい連中が増えてない?」


 神聖都市が近づいてきた頃、ふとアモエナは馬車の外を見回してそう呟いた。

 そんな彼女の見つめる窓の外を、物々しい集団が馬車とは反対の方向に通り過ぎる。

 今日だけでも同じような事が片手では数え切れないほどあり、どう考えてもただ事ではなかった。


「先日、隣のパトルオンネの街で巨大なサソリの化け物が現れ、行方がわからなくなっているそうですよ」


 アモエナの問いかけに答えたのは、ドルチェスであった。

 その台詞の後に、カッファーナがさらに情報を付け加える。


「最初は兵士たちだけで探していたらしいけど、消息がつかめないので冒険者にも依頼がまわっているらしいわ」


 音楽家であるドルチェスや脚本家のカッファーナは、野営用の休憩所などで居合わせた旅人や商人と頻繁に情報交換を行っており、この手の話題には人一倍敏感だった。


「パトルオンネの街って、私たちが来た方向じゃない。 ……怖いわねぇ」


 アモエナは実際にその巨大なサソリと遭遇しているのだが、どうやら恐怖のあまり記憶が飛んでしまっているらしい。


「皆さん、街の門が見えてきましたよ」


 馬車の外からクーデルスの声が聞こえてくる。

 なお、彼が御者をしているのは、馬がクーデルスの命令しか聞かないからだ。


「うわぁ、可愛い!!」


 アモエナが窓から身を乗り出すと、見えてきたのは丘の上に広がる大きな街。

 その全てがピンクに彩られている。


「あれはね、この街の守護神の象徴する色がピンクだから、信仰の証として街を全て神の色に染めているのよ」


「へぇ……どんな神様なんだろ? ピンクだから、お花の神様とか?」


 アモエナがそんな感想を口にすると、カッファーナは困ったような顔で笑った。


「残念。 あの街の神様は、四級の裁定神ユホリカ様よ。

 偶像崇拝を禁止していらっしゃるから、どんなお姿かは誰も知らないわ」


「あ、そうなんですか? 私、知ってますよ。 ユホリカはですねぇ……」

 クーデルスが御者代のほうから自慢げに何かを伝えようとしたその時である。


「待てぇい、貴様ら!!」


 突如として、進行方向からむさくるしい声が響き渡った。


「何か御用ですか? そこに立ってらっしゃると、とても邪魔なのですが」


 続いて聞こえてきたクーデルスの苛立った声に、すわトラブルかと思って皆が窓に飛びつく。

 すると、そこにいたのはむさくるしい感じの騎士であった。

 しかも、道路の真ん中に堂々と陣取っている。


「あ、すいません、大したこと無いので奥にいてくださいますか?」


「ですが、これはどう考えてもただ事では……」

「ネタになりそうだから見学を希望します!」


 するとクーデルスはうんざりしたような表情で指をパチンと鳴らした。

 その瞬間、ドルチェスとカッファーナの頭に紫色の花が咲き、二人は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


「ちょ、クーデルス! 何してるの!」

 突拍子も無いクーデルスの行動に、アモエナが思わず悲鳴を上げた。


「気にしないでください。 ちょっとこのお二方にはこの先の展開を見せたくないのです。

 ミロンちゃん、踏め!」


「なんだと、貴様卑怯者! 堂々と立ち会……うぎゃーす!?」


 クーデルスの命令に従い、ミロンちゃんはフンと鼻息を鳴らして騎士を蹴り飛ばし、倒れたところをさらに踏みつける。

 全く容赦の無い暴行だ。


「ちょっと、何してるの! 死んじゃうでしょ!!」


 だが、クーデルスはそ知らぬ顔。

 それどころか、こう言ってのけた。


「あれぐらいで死にませんよ。 人間じゃないですから」

「人間じゃない?」


 予想外の言葉に、アモエナは小さく首をかしげる。


「よく見てください。 このあたりはすでに人払いの結界が張られております。

 誰かとやりあうところを見られたくないのでしょうね、神としては」


 見れば、いつのまにか周囲には誰もいない。

 だが、問題は台詞の後半であった。


「神ぃ!?」

「いかにも! 我は辺境の街パトルオンネの守護神であるっ!!」


 まるでアモエナの叫びが合図であったかのように、ミロンちゃんに踏まれていた騎士が名乗りを上げる。

 踏まれたままなので全く様にならないが。


「パトルオンネの街の守護神……とは言っても、たぶん過去の話でしょう。

 おおかた、モンテスQの騒ぎで信仰を失い街の守護神をクビになってしまったといったところでしょうか」

「貴様が……貴様が余計な事をしなければ!!」


 クーデルスの台詞が図星だったのか、騎士姿の神が地面を殴りつけつつ悪態をついた。

 しかし、クーデルスは眉間に皺を寄せつつ、眉をハの字にしながらこう言い返す。


「おやおや、私はただ商人たちの横暴に苦しんでいた街の人々を救い、その後でモンテスQの名を譲ってくれないかと頼みに来たフリーの神々の一柱に快く許可を出しただけですよ?」


 ドス黒い話を堂々と口にしながら、クーデルスの顔は満面の笑みであった。


「むろん、性格と能力を吟味した上で、有償でのお話ですが。

 おかげさまで、アモエナさんの衣装が好きなだけ購入できました」


 つまり、クーデルスはパトルオンネの街の守護神を狙っていた神の一柱と交渉し、人気絶頂であるモンテスQの名義を売ることで莫大な活動資金を手に入れたのである。

 あの一連の騒動の真の狙いは、まさにそこであった。


「い、いつの間にそんな事していたのよ、クーデルス!?」

 自分の衣装の購入資金が、街の守護神の交代劇と引き換えだったと知り、アモエナが思わず震え上がる。


 たがか服のために? 守護神を社会的に殺す?

 損失と目的が全くつりあって無いでしょ!?


 しかも、それで得た金は全てアモエナの衣装に使い切っていた。

 先日の、店の商品を一式全部買い占めるとの宣言通りに。


 色んな意味で人間には真似のできない、まさに南の魔王の所業であった。

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