第19話
「く、クーデルス、今のそれ、何? 尻尾?」
恐る恐るアモエナがたずねると、クーデルスはすぐに返事をせず、血も流れなければ骨も無い、断面がオレンジ色をした馬の首を拾って悲しげにため息をついた。
未だにピクピクと蠢くソレを持つ姿は、軽くホラーである。
「さっきのですか? 私のお友達ですよ。
ネコ……じゃなくて、ジャイアントデススコーピオンって生き物らしいです」
実際はジャイアントなどというレベルじゃなくて、ギガントとでも言うべき大きさに育ってしまっているのだが、彼にとっては些細なことである。
「なんでそんなものがそこから出てくるのよ!」
「あ、このローブの裏側、実は色んなところにつながっているんですよ。
このあたりは、私の隠し実験場につながってますねぇ」
チラリとめくりあげたローブの裏側には、刺繍で空間歪曲の魔法陣がビッシリと描かれていた。
魔術師が見たら、その高度な術式にあてられて卒倒するような代物であるが、生憎と農民上がりのアモエナにはそんなものを察する知識はない。
「なんといいますかね、私が馬を使って乗り物を引かせようとしたら、ヤキモチを焼いたみたいなんですよ。
でもね、ミロンちゃん。 君に馬車を引かせたら、道を塞いじゃうでしょ。
ほら、拗ねないの」
途中から、クーデルスの台詞はアモエナではなく、裾にあいた空間の穴の中にあてたものにかわる。
だが、穴の向こうの存在……ミロンちゃんはずいぶんとご機嫌ナナメらしく、クーデルスはほとほと困り果てていた。
「仕方が無いですねぇ。 ちゃんとお話をしましょう。
でてらっしゃい、ミロンちゃん」
そしてクーデルスがそう告げた次の瞬間である。
何か、とてつもなく巨大なものが現れた。
まるで闇の化身のような漆黒の体、カニのような鋏、針を持つ節くれだった尾、そして何よりもその凄まじい大きさ。
「いっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
始めてみる絶望的な生き物に、アモエナは悲鳴を上げ、そして気を失ってしまう。
「おや、困りましたねぇ。
ミロンちゃんの姿にビックリしてしまいましたか」
倒れたままピクリとも動かないアモエナを見て、クーデルスは軽くため息をつく。
「それはそうと、ミロンちゃんはお仕置きです。
寂しかったからと言って、罪のないカボチャさんを壊しちゃダメでしょ?」
「ぴきぃっ!」
所在なさげに小さく鳴くミロンちゃんを叱りつつ、クーデルスは懐から怪しげな瓶を取り出した。
「罰として、しばらくお馬さんになりなさい」
「きゅおぉぉぉぉん!?」
「泣いても許してあげません。 しばらくお仕事をしてもらいます」
そして数時間後……。
「な、なんですかそれは? どこから借りてきたんですか!」
馬と馬車を調達してきたクーデルスは、ドルチェスの不審な視線で迎えられる。
この短時間に馬と馬車を手に入れてきただけでも、すごいを通り越して胡散臭いというのに……その用意したものは、上級貴族が乗るような派手で立派な馬車だった。
あまつさえ、それを引いているのが、頭の高さだけでも3メートルはありそうな巨大な黒馬である。
「借りたのではありませんよ? 調達すると言ったでしょ」
「本当に調達してきたんですか? と言うより、その馬は……」
ドルチェスの言葉が終わる前に反応したモノがいた。
「すんばらシィィィィィ! エキセントリィィィィィィィック!!」
それが誰かは、この言動を見れば、説明するまでも無いだろう。
「ははは、いい馬と馬車でしょう!」
カッファーナのテンションにも負けず、クーデルスは胸を張って自慢する。
「シックワァァァァァァァァァァァァァシ! 馬車のカラーリングはダメェェェェェェェ!!
一億光年ナンセェェェェェンス!!」
「そんな馬鹿なぁぁぁぁっ!!」
なお、馬はともかく馬車はショッキングピンクに金色のラメいりである。
だが、クーデルスはよほど自信があったらしい。
失意のあまり、地面に膝をついて拳を地面に叩きつける。
その背中を、黒馬が優しく鼻面でさすった。
「……で、こんなもの、どこから調達してきたんですか?」
クーデルスが落ち着いたのを見計らい、ドルチェスが声をかける。
すると、クーデルスは顔色一つ変えずに堪えた。
「馬車は落ちていたのを拾ってきました。 馬は私の愛馬のミロンちゃんを呼びました。
ですがそれに至るまでには様々な出来事がありまして……」
息を吐くようにでまかせを並べるクーデルスの口上を、ドルチェスは笑顔で遮る。
「話すつもりが無いのはよくわかりましたので、そこまでで結構です。
話を作るのは妻だけで間に合っていますので」
追求するつもりは無いと言外に漂わせ、ドルチェスはもう少し建設的な話をするために話を変えた。
アモエナとは別の意味でクーデルスの扱いが上手い。
「それでは早速ですが街を出ましょう。
流石にあの状態で街にとどまるのは辛いので」
視線の先には、旅に出る興奮で妖怪化したままのカッファーナ。
彼女の興奮が収まるまでには、まだしばらくの時間がかかるだろう。
賢明なドルチェスその言葉に頷く。
「異存はありません。 今の時間だと、門から出てもすぐに野営に入ることになるでしょうが、このままの状態で一晩街にいるよりはマシでしょう」
そして彼らは、半ば逃げるようにして辺境の街を後にしたのであった。
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