第18話

「あ、あの、先日はごめんなさいね。 みっともないところを見せちゃったわ」

 数日後、街の中にある広場で改めて顔を合わせたカッファーナは、しっかりと正気に戻っていた。

 今日の彼女は、恥じらいを知る清楚な知的美人である。

 あの狂気に再び遭遇せずにすんだことを悟り、アモエナはホッと胸をなでおろした。


「ところでいつごろこの街を出ましょう?

 すぐには無理かもしれませんが、私達は出来るだけ早くここを出たいのです」

 そう語るドルチェスの手には、小さな台車のハンドルが握られている。

 おそらく今まで住んでいた劇団の宿舎を追いやられ、宿屋を転々としているのだと思われた。


 なお、台車の上に乗っている荷物のほとんどは書物であり、おそらくはカッファーナのものだろう。

 彼自身の荷物は、たぶんビオロンというバイオリンに似た弦楽器と着替えぐらいのものだ。


 もっとも、クーデルス側の荷物はさらにとんでもなくて、店一軒分ぐらいはありそうな衣服だったりする。

 明らかに領主からせしめた金貨では賄い切れないのだが、その資金をどこから調達したのかについては未だに謎であった。


 そのせいでクーデルスは怪しいところから目をつけられそうになってしまい、先日も皿洗いの仕事ぐらいしかとってくる事が出来なかったのである。

 この男、妙なところで仕事が雑なのだ。


「あと、劇団をやるなら、そのうち馬車もほしいわね。

 次の街で安定して公演が出来るとは限らないし、そうなるとかなり長い旅になるわ。

 衣装などの荷物も運ぶ必要があるから、徒歩では色々と不便よ」


 カッファーナの言葉に、アモエナも大きく頷く。

 この世界の靴は、そのほとんどが堅い革靴、もしくはさらに履き心地の悪い木靴が中心だ。

 しかも、左右の区別がないタイプのものである。

 そんな靴で旅をするのは、想像もつかないぐらいに足の負担が大きい。


「ちなみにですけど、その靴、履き心地がよさそうですね」


 ドルチェスが注目したのは、アモエナのはいている樹脂の靴であった。

 足にピッタリとフィットし、蒸れない上に抜群の衝撃吸収力を持つその靴は、スポーツ選手の使う運動用シューズにも匹敵するような代物である。


「あ、これは……クーデルスのくれたものなの」

「ほほう? ちなみにクーデルスさんはこれをどちらで?」


 どうやら、ドルチェスはこの靴がほしいようである。

 探るような視線をクーデルスに向けてきたが、それにはクーデルスの特異な魔術を披露しなければならない。

 そんな事をすれば、聡いドルチェスはクーデルスの正体を早々に見抜いてしまうだろう。


「ふふふ、残念ですが企業秘密です」

「いやぁ、そう言わずに。 お願いしますよ。

 この靴で長い距離を歩くのは、けっこう辛いんですよ」


 しつこく食い下がるドルチェスだが、クーデルスは別の提案を押し付けた。


「ご心配なく。 馬車だったら、すぐにご用意できますよ?」

「え? クーデルス、そんなお金は……」


 アモエナが思わずそう口走るが、クーデルスは唇の上に立てた人差し指を置いて沈黙を求める。


「必要ありません。 無いならば、作れば良いのです。

 では、私は馬車と馬の調達に行くのでいったん失礼しますね」

「ちょクーデルス! おいてゆかないでよ!」


 立ち去ってゆくクーデルスの後ろを、アモエナが懸命に追いかける。

 ドルチェスとカッファーナはあっけにとられてしまい、ただその背中を見送ることしか出来ない。


 そしてクーデルスはそのまま街の門を潜って外に出ると、そのローブの袖の中に向かって声をかけた。


「ねぇ、クーデルス! あんな事を言っちゃってどうするのよ!

 お金、無いんでしょ?」

「その通りですよ? でも、私達には魔術と技術がある。

 馬車の1セットぐらいたやすいことです。

 そうでしょ? ドワーフの皆さん。 さぁ、出番ですよ?」

「ちゅっ?」

 クーデルスの呼びかけに応え、彼の服の中から無数のネズミが顔を出しす。

 そう。 現れたのは、ドワーフ・ハムスターたちだ。


「話は聞いていましたね? さぁ、馬車を作ってください」

 クーデルスが声をがけると、ドワーフたちはポロポロとクーデルスのローブから零れ落ちるようにして地面に降り立ち、その異能の力を放ち始めた。


 ある者は地魔術によって土を分解し、そこに含まれている鉄をもって金具を作り出す。

 またある者は、その辺にある潅木から繊維を取り出し、それを複雑に絡み合わせて布を作り出す。


 そうしている間に、クーデルスは近くにあった木の枝を触媒にして、巨大な樹木を作り出した。

 ただし、上に伸びるのではなく、ひたすら横に伸びる異色の大木である。


 やがて十分な太さと長さまで樹木が生長すると、ドワーフたちは容赦なくその幹を切断した。

 そして魔術で一気に水を抜き取り、念動力でスパスパと適切な大きさに切り分ける。

 哀れ、クーデルスの生み出した樹木は、材木となるためにその短い命を全うした。


 やがてドワーフたちの仕事が仕上げに差し掛かると、クーデルスはポケットから取り出した種を取り出した。

 今朝の食事の際に添えられていた、カボチャの種を炒って塩を振りかけたオヤツである。

 そのカボチャの種を地面に落とすと、クーデルスは両腕を広げて力ある言葉を口にした。


芽吹きなさいブロタールそして咲き乱れよフロレシオン

 その瞬間、種は芽吹いて蔓が大地に溢れ返る。


 そして横で見ていたアモエナが何事と声を上げるより早く、黄色い花が一輪咲いた。

 すると、クーデルスは何を思ったのか花の中に指突っ込んだではないか。


「あぁ、花粉を取っただけですよ。 今のは雄花ですから、花粉を作るだけなのです」

 クーデルスが花粉を採集し終わると、最初の花は速やかに枯れ落ちた。

 そして、今度は形の違う花が咲くと、クーデルスそこに先ほどの花粉を押し込む。


「さぁ、これにて受粉完了。 あとは実りを待つだけですよ」

「ねぇ、カボチャなんか作ってどうするの?」


 不適な微笑みを浮かべながら腕組みをするクーデルスに、アモエナは恐る恐る声をかけた。

 たぶん、この男の事だろうから結果はきっちり出すだろう。

 しかし、その過程が余りにも意味不明であった。

 少なくとも、横で見ている人間が、不安に駆られて質問をせざるをえないぐらいには。


「ふふふ、ただのカボチャではありません。 これは、馬です」

「馬!?」


 この男、やっぱり彼女の予想もしないことをやらかしていた。

 思わず叫んでしまったアモエナの目の前で、緑のカボチャはその色を黒に近い色に染め、ニョキッと足を生やす。

 さらにカボチャであったものはみるみるそのシルエットを変えてゆき、気が付くとそこには緑を帯びた黒いボディにオレンジのたてがみを持つ、馬にしか見えない何かが立ち上がっていた。


 かくして、カボチャの馬に、ネズミの作った馬車が誕生したのである。

 奇しくも、それはちょうどシンデレラの馬車の裏返しであった。


 ……とオチがついたと思ったその瞬間である。

 バサァッとクーデルスのローブの裾が翻ると、中から黒くて尖った巨大な杭のようなものが飛び出した。

 そしてソレは、あやまたずカボチャの馬に突き刺さり、バコッと音を立てて粉々に砕いてしまったのである。


「あぁっ、ミロンちゃん! 何をするのですか!?」

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