第23話
宗教都市リンデルクは、その名の通り宗教が幅を利かせている街である。
人口はおよそ十四万人。 この世界ではかなり大きな街だ。
その歴史も古く、およそ千年前にユホリカ神が降臨して以来、ずっと栄えてきた場所である。
お気づきだろうか? ユホリカ神はあの外見で実はクーデルスより倍以上も年上なのだ。
神の見た目と年齢は、わりと一致しない事が多いのである。
そして信仰によって成り立っているこの街は宗教施設も多く、街の中は大小の宗教施設がひしめきあっており、十分も歩けば必ず一つは神殿があるほどだ。
そして、歴史の長いこの街にはある一つの問題があった。
それは全ての大きな宗教が抱えているであろう問題……宗派である。
なんと、この街にはユホリカ神を崇める宗教が、実に六十以上も存在しているのだ。
ただし、どうしてそんな事になったのかについては、語ると長くなるので割愛しよう。
さて、そんな秩序と混沌が入り混じった街を、泣きべそをかきながら歩く一人の少女がいた。
「最悪だ。 最悪の底が抜けてさらに最悪がやってきた。
なぜ……我がこのような……」
そう呟く少女は、酷くちぐはぐな恰好をしている。
具体的には、身に纏うハーフプレートの鎧はおろか、下に身につけているアンダーまでもがブカブカで、なぜか体に全くあっていない。
さらに、歩き方がおよそ女性らしくなかった。
意味もなくガニ股気味で、ヤクザのように肩の動きの大きな身のこなしは、占有する空間を大きくとることで周囲を威嚇するという、動物の雄が本能的にやる行動である。
よほど嫌な事があったのか、彼女の歩みは次第に遅くなり、ハァとため息をついてとうとう彼女は足をとめた。
「足が止まってますよ、ロザリーさん」
彼女が道の真ん中で棒立ちになっていると、後ろから低くて甘い男の声が響いて、彼女を攻め立てる。
すると、ロザリーと呼ばれた少女はキッと眦を吊り上げて振り返った。
「ロザリスだ! 勝手に名前をかえるな!!」
「うふふふふ、いいじゃありませんかロザリーさん。 今の貴方には、お似合いですよ?」
口元に笑みを浮かべながらそんな台詞を口にしたのは、ミロンちゃんの手綱を引いたクーデルスである。
そう、このちぐはぐな少女の正体は、バビニクの実で美少女に変えられた元守護神ロザリスであった。
「くっ、殺せ!!」
「おやおや、そんな事を言っていると
「そんな諺、聞いたことも無いわっ!」
「おや、そうでしたか。 これは妹に聞いた異界の諺でしたかねぇ?
でも、この宗教都市リンデルクにおいて自殺は罪であると伺っているのですが、それについてはよろしいのでしょうか?」
なお、そう定めたユホリカ神は、クーデルスから無罪を告げられた後に自分の神殿にさっさと帰ってしまっている。
実に賢明な選択だ。
「そもそも護衛である貴方が殺してくれとか呟かれても困るのですが」
「我など必要無いくせに……嫌味か!!」
「私一人でなんでも処理できると思うほど驕り高ぶってはいませんよ。
時には人手が必要となる事もあるのです」
そんな事を言い合っていると、後ろからドルチェスがやってくる。
今日の宿を探してもらっていたのだが、どうやらもう見つけてきたらしい。
「おやおや、盛り上がってますねぇ、クーデルスさん。
それで、さきほどお話した劇の公演についての話ですが……」
「ええ、やはり今は何もないので、大道芸人として活動するしかありませんね」
実績の無い劇団では、広場ぐらいしかその芸を披露する場所は無い。
ドルチェスとカッファーナはそれなりに知名度があるらしいのだが、それだけで劇場を借りる事ができるかと言うと、難しいところではある。
ユホリカ神の仲介でどこかの神殿の一部を借りるという手段も考えたが、カッファーナがやりたいのは宗教的なものではなかったため、その方向は却下された。
そもそも、何を演じるにも、今の状態では人の手があまりにも足りていない。
なにぶん、人前で芸を披露できるのがアモエナとドルチェス。
しかも、片方は音楽の担当である。
「では、カッファーナにもアモエナさんが一人で歌って踊れるような脚本を書いてもらいましょう。
それに曲をつけるなら、少なくとも一週間はほしいところです」
そんな台詞が馬車の中まで聞こえたのか、オウッオウッと
「では、私とロザリーさんでそのあいだの活動資金を稼いできましょうか」
「ロザリスだ!」
すかさずロザリスから訂正が入るのだが、クーデルスはそれをあっさりと聞き流す。
ロザリス程度の口撃力では、クーデルスの面の皮には傷一つたりともつける事はできない。
「商業ギルドで公演する場所の認可をとる必要もありますね。 こちらの手続きは私に任せてください」
「助かります」
いささか胡散臭い手段で手に入れたとはいえ、商人ギルドのゴールドメンバーズカードを使えばたやすく手続きは進むだろう。
そしてドルチェスに馬車を任せ、クーデルスがロザリスをつれてやってきたのは……冒険者ギルドであった。
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