第24話
「お嬢さん。 このギルドには、迷い猫の捜索などの依頼は無いのですか?
出来れば、依頼人は美しい令嬢か未亡人で、猫を見つけてきた私に感謝してそのまま恋に落ちるような」
そんな事を言い出したクーデルスに、受付嬢は一瞬ゴミを見るような視線を向けた。
「うちのギルドは討伐専門ですよ。 そういうのは街の何でも屋の仕事です」
「では、薬草の採取などは? 親の病を治すため、貧しい美少女が薬草を求めているような感じのものがいいです」
「それは薬師ギルドから委託を受けた専門家の仕事です。
はぁ……お遊びなら他所でやってくださいませんか?」
ギルドの受付嬢は、クーデルスの事を暇つぶしに来た貴族と判断したらしい。
ロザリスはその護衛といった感じだろうか。
実際、クーデルスのいつもの黒いローブはかなり上等なものに見える。
本当は上等どころか神話レベルのアーティファクトなのだが、冒険者ギルドの受付嬢を勤める彼女にもそんなものがわかるだけの鑑識能力はなかった。
「なんて事でしょう。 この街の冒険者ギルドが、そんな野蛮な場所だったなんて」
「もしかして喧嘩を売りにきてますか?」
笑顔を貼り付けた受付嬢の額に、くっきりと青筋が浮かび上がる。
駆け出し冒険者程度ならそれだけで震え上がるような笑顔だが、クーデルス相手に通じるはずもなかった。
「まさか。 どちらかといえば、喧嘩を売るんじゃなくて愛を囁きたいと思っていますが……」
「あ゛ぁっ? なめてんのか、テメェ」
「とりあえず、登録はこのロザリーさんだけでお願いします」
「ロザリスだ! いい加減にしろ、このクソ外道」
そそくさとロザリスの分の登録用紙に『ロザリー』と記入するクーデルスだが、すかさずロザリスが罵声とともに文字を書き足して綴りを修正する。
まったくもっと油断も隙もあったものではない。
「さて、私は別の方法で資金を稼ぐとしましょう。
では、ロザリーさん後ほど」
「ロザリスだって言ってるだろ!」
めげずに訂正を入れるロザリスだが、クーデルスはしょうがない人ですねと呟きながら肩を竦めた。
「はいはい、可愛い顔なのにそんな顔しないでください。
他の方々とも仲良くするんですよ?」
「……他の方々?」
怪訝な顔をするロザリスに、クーデルスは彼女の背後を指差す。
おもわず振り向くと、そこには鼻息の荒い冒険者たちが山だかりになっていた。
「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
その異様な雰囲気に、ロザリスは思わず悲鳴を上げる。
本人はうっかり忘れていたようだが、今のロザリスはボーイッシュな美少女なのだ。
「お嬢さん、よかったら俺のパーティーに……」
「まて、目をつけたのはお俺のほうが先だ!」
殺到する冒険者たちから逃げようとしたロザリスだが、慣れない恐怖に足がもつれてしまい、その場にひっくり返る。
その間に、
「ちょっとまて、クーデルス! 我をおいて行くな!
ぎゃあぁぁぁぁ! 誰だ、変なところを触ったのは……って、おい! 助けてくれぇぇぇ!!」
クーデルスはそのまま静かに冒険者ギルドのドアを閉じる。
ロザリスの悲鳴はかき消え、あたりには街の雑踏だけが響き渡った。
「さてと、ロザリーさんはこれでいいとして、後は私がどうするかですね。
おや、あれは?」
街を歩いていたクーデルスは、ある屋台を見つけて足を止める。
屋台から流れてくる串焼きの香りは美味そうであったが、口の肥えたクーデルスが気にするようなレベルではない。
彼が興味を引かれたのは――屋台の人間がゴロツキに絡まれていたからだ。
「おやめなさい、貴方たち。 なぜこのような無体なことをなさるのです」
「はぁ? 関係ない奴はすっこんでろ!」
激しい剣幕でクーデルスを追い払おうとするゴロツキたちだが、そんなもので怯むクーデルスではない。
「私の目の前でそのような乱暴は許しません。
フラクタ君、やっておしまいなさい」
瞬時にクーデルスの足元から蛸足が生え、ファイティングポーズを取ってシャドーボクシングを始める。
なお、クーデルス本人は腕を組んで偉そうにしているだけであった。
もっとも、手加減が下手なクーデルスが直接手を下せば死体の山が出来上がるので、手加減の美味いフラクタ君にまかせるのは正しい対処方法ではある。
……見ている人間がちょっとイラっとくるだけで。
「ど、どうします、兄貴!? あの変な色した触手、召喚術って奴じゃないですか?」
「魔術師はヤバいっすよ! 怒らせたら、後でどんな呪いをかけられるか……」
どうやら、クーデルスの呼んだフラクタ君は、彼の召喚獣だと思われたらしい。
あながち間違いではないのだが、本人はさぞや不満に思うことだろう。
「くそっ……こんなところで変な奴と遊んでられっか! 次だ、次! お前ら、さっさと行くぞ!!」
クーデルスの不気味さに、ゴロツキの兄貴分は撤退を選んだ。 実に賢い。
「ふぅ、なんとか平和のうちに終わりましたね。 お怪我はありません……か?」
気がつくと、先ほどまでごろつきに殴られて呻き声をあげていた屋台の店主の姿が無い。
いったいどこに行ったのか?
そんな事を考えていたクーデルスだが、その彼に後ろから声をかける者がいた。
「ちょっと、そこのお前。 この屋台はお前のものか?」
声のしたほうに振り返ると、先ほどの騒ぎを聞きつけたのか街の警吏が立っているではないか。
「営業許可証は?」
「いや、そんなもの私が持っているはず無いじゃないですか」
そこでふとクーデルスは気づく。
この屋台の主人、営業許可なしでやっていたのでは?
そもそも、商業ギルドの保護下にあるはずの屋台がゴロツキにたかられるはずが無い。
そんな事をすれば、たちまち商業ギルドから派遣されたもっと怖いお兄さんたちによって蹴散らされてしまうからだ。
「ちょっと詰め所まで来てもらおうか」
「ちょっとまってください、私は無関係です!!」
その後、クーデルスが取り出した商業ギルドのゴールドメンバーカードによって、警吏のお兄さんたちが土下座するハメになったのは言うまでも無い。
色々とご愁傷様である。
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