第25話

「やれやれ、無駄な時間を過ごしてしまいました。

 妹の話では、取り調べを受けるとカツドンという食べ物が振舞われるということでしたからちょっと期待していたんですけどねぇ」

「す、すいません。 カツドンという食べ物は存知あげません……」

 大きく伸びをするクーデルスの後ろで、彼をここまでつれてきた警吏が青褪めた顔をして背中を小さく丸める。


「別に怒ってなどいませんよ? 貴方は職務を全うしただけなのですから」

「きょ、恐縮でありますっ!」


 思わず敬礼をする警吏だが、クーデルスの視線は彼をすり抜け、その向こうにあるものへと注がれていた。


「ところで、あれは?」

「あ、あれ先ほどの現場においてあった屋台です。

 話にあったゴロツキ共が、後から腹いせに壊していったらしく、とりあえず通行の邪魔になるので回収しておきましたっ!」

「ふむ、この屋台……直せばまだ使えそうですよね」


 壊れた屋台を見据え、クーデルスは顎に指を当てて思案する。

 彼を知る者がいれば、思わず背筋に鳥肌を立てるような光景だ。

 なぜなら、このポーズをとった後には高い確率で騒ぎが起きるからである。


「この屋台、貰っていってよいですか?」

「ど、どうぞ! ご自由にしてくださいませ!!」


 何も知らない警吏は、何も考えずに壊れた屋台をクーデルスに差し出した。

 知らないというのは、本当に恐ろしいことである。


 ……とはいえ、クーデルスはこの屋台で普通に物を売ることを考えていた。

 この時点では、と但し書きがつくが。


「さて、何の屋台にしますかね」

 街の公園にあるベンチに腰をかけると、クーデルスはアイディア練るべくで思案げに呟く。

 すると、彼の懐から一匹のドワーフが飛び出した。

 ――私に提案があります! とでも言ったところだろうか。


「ちゅっちゅー」

「お酒はちょっと……貴方たちがこっそり飲みだすのは見えてますし」

 ドワーフたちの提案は、即座に却下される。

 日ごろの行いと言う奴だろう。


 すると今度は、反対の袖から極彩色にいろどられた斑模様の触手が顔を覗かせた。

 そしてそのままポトリと地面に落ちる。


 クーデルスはそれを拾い上げてまじまじと見つめると、まるで手紙を読み上げるように呟いた。


「ほう、お茶を出す休憩所ですか。 それは楽しそうですね」

 実を言うと、クーデルスが考え事をするたびに周囲に発生する触手の正体は、副官であるフラクタ君が記したメモ書きである。

 この触手の模様やイボの配置には一定の法則があり、ちゃんとした意味をもっているのだ。


「しかし、この時代のこの国ではどんなお茶が飲まれているんでしょうね?」


 かつて召喚魔術によって何度かこの国に呼び出されたことはあるのだが、前に呼び出しをくらってからすでに五十年近い年月が過ぎている。

 流行や文化が変化するには十分過ぎる時間だ。

 そもそも、この国に茶をたしなむ文化があったとは聞いた事が無い。

 なにせ、茶の産地からは人の足で数年かかる距離にあるのだから。


「ちゅちゅっ」

 すると、触手に負けてなるかとドワーフたちから新しい提案が出された。


「なるほど、私が故郷で飲んでいたお茶ですか。

 この国の人間には完全に馴染みの無い物になりますが、それを逆手にとってもの珍しさを売りにするのはいいかもしれませんね」


 とはいえ、人間と魔族では体の構造が微妙に違う。

 さすがに中毒患者を大量生産するのはまずいので、クーデルスは味が良くて無難な茶葉を頭の中に思い浮かべる。

 だが、すぐに渋い顔を作ってため息をついた。


「薬効を控えめにすると、どうしてもありきたりですね。

 魔帝王の領地ではなくとも手にはいるものばかりです。

 ……というか、そもそも魔族のお茶は薬効重視で味は二の次ですからね。

 味のほうは、わりと残念な代物しかありません。

 ここは一つ、私自らがいい茶葉を作り出すのが最良でしょうね」


 すると、クーデルスの意見に追従するように触手が不気味な踊りを披露し、ドワーフたちは意味もなく酒盛りを始めた。

 子供やご婦人方が憩う昼下がりの公園は、あっという間に人外魔境へと突入し、周囲からは人の気配が遠ざかる。


 本来ならば街の警吏が注意しに来るところなのだが、生憎と先ほどクーデルスに対して失礼をやらかしたばかりなので、市民からの通報はあっさりと握りつぶされた。


 そんな静寂の中、クーデルスはさっそくどんな茶葉を作り出すか、そのデザインを頭に思い浮かべはじめる。


 そもそも、茶とは何もチャノキの葉から作るものばかりでは無い。

 麦茶のように穀物を炒って作る茶もあれば、タンポポの根を煎じるものもある。

 さらに、飲み方もお湯で淹れたり、牛乳で煮込んだり、中にはバターと塩を入れるものすらあるのだ。


 ――茶とは自由なのである。

 もっとも、クーデルスの口から出るとこれほど不安な言葉もそうそう無いが。


「ふむ。 良く考えてみれば、デザインを考える前にこの街の人間を知る必要がありますね。

 あとは、茶の味の良し悪し以外の部分で付加価値をつけることも念頭に入れたほうが良いでしょう」


 そんな言葉を口走りながら彼の向かった先は、商業ギルドの資料室であった。

 なるほど、この街の人間の嗜好を知るには一番の場所であろう。


「すいません、資料室の閲覧を申請したいのですが」

「ゴールドメンバーのクーデルス様でございますね?

 かしこまりました。

 こちらが許可証になりますので、入り口でご提示ください。

 あと、貴方にお会いしたいという方がいらっしゃるのですが、お時間をいただけないでしょうか?」

「私に? はて、心当たりが無いのですが」


 この街でそんな事をする可能性があるのは、ユホリカ神ぐらいのものだが、彼ならばわざわざ商業ギルドに伝言を頼むような事はしないだろう。

 だとしたら、いったい誰が?


「わかりました。 一時間ほど資料室で調べものをした後でよければかまいませんよ」

「では、そのように先方に伝えさせていただきます」


 すると、ギルド職員はどこかホッとしたような表情になる。

 どうやら、相手はかなりの権力者らしい。

 受付がそっと同僚に目配せをすると、先方に連絡をすべく手紙をしたため始めた。


 そしてクーデルスが調べものを終え、職員たちに案内されてやってきた談話室にいたのは……見知らぬ一人の男であった。

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