19話

「さて、具体的な復興の手順についてですが……村長への説明を兼ねてその役割を再度確認しましょう」

 あくどい提案で皆の心を焚き付け後、アデリアは冷静な口調でそう話を続けた。


「我々復興支援団は、四つのグループに分かれての活動を予定しております。

 ひとつめは怪我をした村人の治療にあたる医療グループ。

 ふたつめは泥に埋まった家屋を再建したり、新たに住む場所を作る土木グループ。

 みっつめは領内をパトロールして魔物の襲撃に備える、治安グループ。

 最後は、必要な物資を配給する生活支援グループです」


 なお、最後の生活支援グループだけは女性団員が多いグループとなっている。

 細やかな配慮を期待するだけでなく、女性特有の必需品などが男性団員にはよく理解が出来ないからだ。


「このうち、治安グループに関しては、昨日のクーデルス団長が作った防御壁があるため、大きく作業が減少しました。

 よって、余剰人員を土木グループに回そうと思っております。

 治安グループの責任者は、誰を回すかについて出来るだけ早く決定し、書類を"村長"に提出してください」

 その言葉に、団員たちが怪訝な表情になる。

 村長は確かに重要人物ではあるが、復興支援団の人間では無い。

 なぜそんな部外者に報告を? ……といった感じだろう。


 だが、そんな表情を見渡して、アデリアはしてやったりと心の中でほくそ笑む。


「なお、村長についてはしばらくわたくしの補佐をしていただくことになりました」

 それは朝のミーティングが始まる前の事。

 アデリアは村長に個人的に話しをつけて、この案件を了承させたのだ。

 こうすれば、男性団員たちからしつこく付きまとわれる事も少なくなるとそそのかして。


 そして村長になりたてで、自分の立場についてよく理解していなかった村長は、アデリアの自信たっぷりな話し方に惑わされ、自らが団員達の餌になることを了承してしまったのである。


 だが。

 ――そんな勝手なことをしていいの?

 勝手に人事を決めてしまったアデリアの行動について、団員たちは視線でクーデルスの判断を仰ぐ。

 すると、クーデルスは大きく頷いてこう宣言した。


「いいじゃないですか?

 多少常識からは外れているかもしれませんが、もともと村長さんの役目は村人たちとのパイプ役でしたからね。

 貴方達の仕事を村人目線で判断していただくには、ちょうど良い人選かとおもいますよ?」


 聞いた限りでは良いことを言っているようにも思えるが、実際は問題だらけである。

 村の最高責任者である村長を自分の部下として組み込むという事は、クーデルスたちが村の実権を勝手に掌握したと宣言したようなものだ。


 当然ながら、この周辺地域を統括する代官の許可なくしてやって良いことではない。

 バレたりしたらどう責任を取らされるか、その部下である自分たちはどこまで責任を追及されるのか、それすら想像もつかないほどの危ない橋だ。


 だが、不安げな目をする団員たちに、クーデルスはこうも言ったのである。


「それとも、仕事の成果をアデリアさんに直接報告をしたいですか?」

 その瞬間、男性団員全員がクーデルスから視線をそらした。

 アデリアはたしかに美人で可愛いが、気が強くて女王様気質である。

 報告はおろか、声をかけるだけでも色々と何かを消耗してしまうのだ。


「ご理解いただけたようで何よりです。

 このあたりは、私のほうから手紙を出して代官殿に話しをつけておきましょう。

 ……むろん、その結果報告も村長さんにしていいんですよね?」

 ニッコリと微笑みながら、真っ先に村長に手を出すクーデルス。

 団員たちにお手本を見せるかのようなあざとさに、男性団員たちの心がざわめいた。


「ええ、もちろんですわ。 団長の手腕に期待していましてよ」

 ニコニコと微笑みながら話すアデリアの右手が、こっそりと何かを握りつぶすような仕草をしていた。

 彼女が心の中で何を潰しているのかは、知らぬが花と言う奴である。


 そして村長の扱いが決まったところで、アデリアは次の議題を切り出した。


「あと、土木グループの肩に最優先でお願いしなければならない事があります」

 突然名指しされ、土木グループの代表が居住まいを正す。

 何もかもが異色続きの展開のため、何を言われるかわからないと警戒しているのだろうか。

 そんな様子に、アデリアは半ば苦笑するかのような目を一瞬うかべ、この世界では常識の範疇に収まる程度の要望を伝える。


「聖堂の復旧を最優先にしてください。

 現状として、空を飛べる魔獣にはクーデルス団長の作った障壁も意味がありません。

 本格的な復旧を行うならどうしても必要になりますし、傷ついた村人のためにも心のよりどころは必要です」


 この手の復興は、常に不安との戦いだ。

 住民の不安をそのままにしておくと、ちょっとしたきっかけで大きな騒動が発生しかねないのである。


 そのあたりを対処するのに、宗教と言うものは非常に有効なのだ。


「あぁ、なるほどそれは確かに最優先だな」

 特に突飛でも異例でもない内容に、土木グループの代表は胸をなでおろす。

 村の守護神を祭った聖堂から土砂を取り除き、壊れた壁や屋根を修理してしまえば、あとは神官に丸投げすればいい。


 その後はきわめて普通の会議が続き、その日の朝のミーティングは無事に終了したのであった。

 まるで、その後にやってくる嵐のような展開の前触れのように。

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