43話

「さて、単刀直入にお伺いします。

 貴方、代官を殺しましたね?」

 青年の真向かいの席に腰をかけると、アデリアは挑発的なまなざしを向けつつそう切り出した。


「め、めったなこと言うもんでねぇ! お、俺は……俺はやってねぇだ!!」

 青年は目を大きく見開き、顔にビッシリと汗をかきながら、必死で無実を主張する。

 だが、何の根拠も無い彼の台詞には、いかなる意味も力も無い。


 アデリアは微笑みながら彼を追い詰めるための言葉を選ぶと、容赦なく口にした。


「でも、貴方には代官を殺す動機があった。

 そして、この村で貴方だけが代官を殺すことを公言し、準備をしていた。

 何かアリバイを証明するものはございまして?」

「……そんなもの、無ぇだ」

 自らの無力を悟り、青年は力なくうなだれる。


「貴方が恐れている通り、この状況では言い逃れできないわ。

 代官を殺害した物的証拠もありませんが、貴方以上に疑わしい方はいらっしゃいません。

 間違いなく、調査官は貴方を逮捕するでしょう」


 そうでなくとも、調査官がやってきたならば、彼らはその面子にかけて誰かを犯人を

 ましてや疑わしい人間がいたならば、彼らは嬉々としてその者を功績のための生贄に捧げるに違いない。


「それでも……俺はやってねぇんだ……」

 断言するアデリアの前で、青年は力なく俯いて静かに泣き崩れた。

 しかし、そこにクーデルスが口を挟む。


「ちょっと待ってくださいアデリアさん。

 この男にはほんのちょっと風魔術の心得があっただけですよ?

 どうやって代官のいた二階の部屋に侵入できたのでしょうか?」


 だが、それは青年の無実を訴えるものではない。

 むしろそこをどう推理したのかを確かめるような質問だった。


 それを読み取り、アデリアはニッコリと微笑む。


「そこですわ。

 逆に言うと、なぜこんな村に住んでいる人間が、地魔術や水魔術と違って大して使い道も無い風魔術を使うのか?

 そこが気になりまして、わたくし、色々と考えましたのよ」

 ――はたして、この村で風魔術は何に使われていたのか?


「南の国で、夏の終わりになると熱の力で灯篭を飛ばす祭りがあるのはご存知でしょうか?

 私も吟遊詩人の弾き語りでしか聞いた事はございませんが、大変に綺麗な光景だそうですわ」

「つまり、空を飛ぶのは魔術師の特権じゃねぇってことだ。

 よくよく考えれば、鳥も蝶々も魔術なしで飛んでいるんだしよ」

 アデリアの台詞をダーテンが得意げに引き継ぐ。


「それで色々と村長の家にあった資料を調べましたところ、旅の賢者が記したライカーネル領風土記という書物がございまして、そこに面白い記述がありましたわ」

 そう告げながら、アデリアは最近愛用しているショルダーバッグを開いて一冊の古い冊子を取り出した。


「この村では祭りの際に気球と言うものを作って空に舞い上がり、上から風魔術で花びらを撒くと言う祭礼がありましたの」


 この本によれば、気球の作り方とは以下の通りである。


 まず、薄くなめした革と、複数の樹液と薬剤を混ぜて作った熱に強い特殊な膠を用意する。

 この膠で革を張り合わせ、気密性の高い袋を作る。

 出来上がった皮袋の下に壷をぶら下げ、酢を材料にして錬金術で作った酸をいれる。

 そこに、鉄の粉を放り込む。


 すると、発生した非常に軽い煙が皮袋を持ち上げ……それは成人男性を空に持ち上げてなお余りあるほどの力となる。


「そして、その気球を使って空に舞い上がり、風魔術を使って移動しながら花びらを撒くというのがその祭礼ですわ。

 この役目と技術はある家系の当主に受け継がれているそうですが……その家の末裔こそ、貴方ですわね?」

 アデリアがピシリと指をつきつけてそう宣言すると、青年の顔色が土気色に変わった。

 そしてガタガタと震えながら、その事実を認めたのである。


「た、確かに俺はその方法で代官のいる二階に忍び込み、奴を殺そうとした!

 でも……できなかったんだ」

「出来なかった?」

 青年の告白に、アデリアは首をかしげた。


「いざ空に舞い上がろうと思ったその時、誰かが後ろから襲い掛かってきて……首を絞められてそのまま意識を失っちまって……」

「けど、それを証明する方法は無いよなぁ」

 その言い訳めいた言葉を、すかさずダーテンが否定する。

 彼の言葉が真実だという保証は、どこにも無いからた。


「お、俺はやってねぇ!! 本当なんだ!」

「じゃあ、誰が代官を殺したって言うんだ?」

 ――本当はお前がやったんじゃないか?

 言外にそんな台詞を纏わせながらダーテンがたずねると、青年はハッとした表情になって顔を上げる。


 そして、その口からさらなる容疑者の名を口にしたのだ。


「そ、そうだ! 村長だ!

 この村で代官を一番憎んでいたのは、今の村長じゃねぇべか!」

 青年の口から出た言葉に、クーデルス以外の全員が首をかしげる。


 容疑者として全く考えられないとは言わないが、あの村長のか細い腕で、屈強な元軍人である代官を殺せるのだろうか?

 だが、それはこの青年にも当てはまる条件だ。

 どちらが犯人と想定しても、相手を瞬く間に白骨にするような手段は持ち合わせていない。

 そのような手段は、アデリアの見つけたライカーネル領風土記にも記載はなかった。


「おい、なんで村長なんだよ。 家族を奪われたのはみんな同じだろ?」

 解せぬとばかりにダーテンがたずねると、青年はその顔に下卑た笑みを浮かべ、村の誰もが口を閉ざした、村長の秘密を暴露したのである。


「へっ……へへっ、そもそも、代官がこの村に辛く当たるようになったのは、あの女のせいだべな。

 あの女が、代官の妾になることを拒んだことこそ、全ての始まりだったんだべ!

 すったもんだで、業を煮やした代官が無理やり抱いちまったのさ。

 それを知った先代の村長が代官に反抗的になっちまったもんで、この村は逆ギレした代官から嫌がらせを受けるようになったんだべ。

 下の子供の父親があの代官だって話は、村のものなら誰でも知ってるだよ!」


 青年の告白に、アデリアは唇を吊り上げて背筋が寒くなるような笑みを浮かべ、ダーテンは眉間に皺を寄せて嫌悪を表した。

 そしてクーデルスだけが、最初から全てを知っていたかのごとく、茶をたしなみながら微笑んでいる。


「ちくょう、俺に罪をなすりつけやがって! そうだ、俺は悪くねぇだ! あの女が……あの女が……」

 ある種異様な沈黙が漂う中、青年一人だけが一人で怒りと呪いの言葉を叫び続けていた。

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