42話

「さて、今頃アデリアさんとダーテンはどこまで真相に近づいていますかねぇ」

 アデリアたちが探偵ごっこをはじめて数日。

 自分に割り当てられた仮設住宅で休日を迎えたクーデルスは、鉢植えの植物であふれかえったリビング……というよりは森の中かと思うほど緑豊かな部屋の中で茶をたしなんでいた。


「おそらく、今は容疑者が増えて困っている頃でしょうか?

 まぁ、私がもっとも有力な容疑者の一人であることには変わりは無いでしょうけど……」

 飲み終わったティーカップをテーブルに置くと、すかさず黒いメッシュの入った緑色の髪をしたメイドがポットを傾けて茶を注ぐ。

 かなりの美少女ではあるが、その正体は……スイカだ。


 春の終わりから色々と改良を続ていたスイカ人間は、ついにここまで進化を遂げていたのである。

 もはや彼女が実はスイカだといわれても納得できない人間のほうが多く、その姿に恋をする人間が現れたとしても、不思議ではない。


「あぁ、嫌ですねぇ。 一人でいる時間が増えるとつい独り言が多くなる。

 スイカのみなさんはおしゃべりの相手にはなってくださいませんし。

 早く私にもキャッキャウフフとおしゃべりが出来る運命の伴侶がほしいものです。

 いえ、それではいつになるかわかりませんから、がんばってスイカに会話機能でもつけてしまいましょうか?」


 クーデルスがそんなマッドサイエンティストじみた台詞を吐いていると、不意に玄関からコンコンとノックの音が聞こえた。

 どうやら来客のようである。


「どうぞ、お入りなさい」

 クーデルスが入室を促すと、生い茂る植物を掻き分けて玄関から入ってきたのは、粗末な生成りの衣服に身をつつんだ青年だった。

 体格もよく、『精悍な』と表現しても良い面構えだが、今の彼の顔には、恐怖、焦燥、苦悩といった感情が張り付いている。

 そんな彼に向かって、クーデルスは微笑みながらこう呼びかけた。


「ようこそ、英雄さん。 お噂はかねがね」

 だが、クーデルスの呼びかけに、男は酷く苦い表情を浮かべる。


「よしてくだせぇ。 俺は英雄なんかじゃないです」

 そう、彼は今……この村で代官殺しの英雄と呼ばれている男だった。


「立ち話も何ですから、そこの椅子にお座りなさい。

 ところで、何かお悩みがあるご様子。 私でよければ相談にのりましょう」

 すると、男は椅子には座らずに突然クーデルスの足元に跪いたのである。

 そして、震える声で男はこう願い出たのだった。


「助けてくだせぇ、団長さん。 実は俺……代官を殺した濡れ衣を着せられそうになっているんでさぁ」

「顔を上げなさい。 そんな状態ではちゃんと話が出来ません」

 クーデルスは男の腕を掴んで立たせると、椅子を引いて彼をそこに座らせる。

 そしてスイカメイドに目配せをすると、男の分の茶を用意させた。


「さて、順番を追って説明をしていただけますね?」

 クーデルスの問いかけに、男は黙って頷く。

 そして唇を茶で湿らせると、ぼつりぼつりとその事情を語りだした。


「たしかに俺は代官を心から憎んでやした。 勝手に重い税をかけて、それが払えないからと言って俺の妹を闇奴隷商人のところへ連れ去ったアイツを、いつか殺してやろうと思っていたのは事実です」

「けど、貴方はやっていないと?」

 クーデスルの問いかけに、青年は大きく頷く。


「へぇ……実行する準備まではやりやした。 けど、その直前で、誰かに邪魔されたんでさぁ」

「ほほう? その誰かとは?」

 その問いかけに、青年はかぶりをふった。


「わかりやせん。 後ろからいきなり襲い掛かられて、気絶させられちまったんで……気が付いたらなぜか自分の家のベッドで眠ってやした」

「夢を見たわけではないんですか?」

 そう、そう考えるのが一番無難な状況である。

 だが、青年は突然激昂すると、その拳をテーブルに叩きつける。


「違いやす! 夢じゃ……夢なんかじゃない! 俺が……俺があのクソ野郎を殺すつもりだったのに! 畜生ぉぉぉぉぉぉっ!!」

 そのまま愚痴と罵声を吐き散らす青年を、クーデルスは黙って見下ろしていた。

 その目には冷ややかな光があったが、長い前髪と分厚い眼鏡にさえぎられ、それに気づく者は誰もいない。


 やがて青年の怒りが和らいだころを見計らうと、クーデルスは穏やかな声で彼に語りかけた。

「貴方の事情は理解しました。 それで、私に何を望むのです?」

「お、俺は……し……真犯人が誰かを知りたいんでさぁ!

 そ、そしてそいつを調査官に突き出してやるんですよ!

 じゃないと……俺の復讐を邪魔したどころか、このままじゃやってもないのに俺が犯人に仕立て上げられちまう!!」


 おそらく、彼にとってもっとも切実なのは、復讐の邪魔をされたことではなくて、投獄されることだろう。

 誰だって自分の身は可愛いのだ。


「つまり、調査官がやってくる前に真犯人が見つからないと、貴方は自分は犯人にしたてあげられるのではないかと、そう思っているのですね?」

「へ、へぇ。 その通りでさぁ!」


 意気込んで何度も首を振る青年だが、クーデルスはドカッとその場に肘を突くと、頭痛をこらえるかのようにして額に手を当てた。

 そして大きくため息をつくと、僅かに不機嫌をにじませながらこう答えたのである。


「貴方……忘れたようですね。 私がみんなの前で、アレは事故だと明言したのを」

「で、ですけどよぉ……団長さんがどんなに頭が良くてどんな説明をしたところでもさぁ。

 調査員がアレを見たら絶対に俺を疑うに決まってまさぁ!」


 無学ゆえか、青年はその台詞がいかにクーデルスの体面を傷つけ、そのプライドに泥を塗りつけているかを理解しない。

 ただ、代官殺害の容疑で捕縛される恐怖に震えながら、自らの保身を訴えかけるだけである。


「やれやれ、私の信用もたいしたこと無いですねぇ」

 そういいながら、クーデルスは足音を忍ばせてドアに近づく。

 そして扉の向こうへと低い声で呼びかけた。


「出てきたらどうです? そこにいるのはわかってますよ」

「ちぇー、またお見通しかよ」

「……わかっているなら、もう少し早く呼んでいただきたかったですわ」


 そんな愚痴っぽい台詞と共にドアを開けて入ってきたのは、アデリアとダーテンであった。

 彼と彼女は、青年がこの家に入ったときからずって壁に耳を当てて会話を盗み聞きをしていたのである。


「容疑者を絞り込んで彼を見つけた事は褒めてあげましょう。

 思ったより早かったですね」

 アデリアとダーテンのために椅子を用意しながら、クーデルスはやや楽しげに褒め言葉を口にした。


「そこの青年から色々と話しを聞きたいのでしょう? 許可しますから、思うようにどうぞ」

 クーデルスがそう宣言すると、アデリアとダーテンは舌なめずりをするかのようにニッコリと笑い、この浅はかな青年は、身をのけぞって震え上がるのであった。

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