44話
村の英雄から話を聞き終えたクーデルスは、もはや用が無いとばかりに彼を表に放り出した。
しばらくは表で泣きすがっていた英雄だが、しばらくすると意味が無いと悟ったらしい。
やがて聞こえてくる声は悪態へと変わり、弱い犬の遠吠えのごとく捨て台詞をはきながら消えていった。
やがて、仮設住宅の区画に静寂が戻った頃。
「では、そろそろ行ってきますわ」
おもむろにそんな台詞を告げると、アデリアが立ち上がった。
それを見て、ダーテンもまた自分の椅子を後ろに引くとアデリアの前に立って歩き始める。
だが、そんな二人をクーデルスが引き止めた。
「お待ちなさい二人とも。
どこに行くつもりですか?」
クーデルスの言葉で二人は振り返り、なぜそんな事を聞くのかと言わんばかりの目を彼に向ける。
「もちろん村長のところです。 彼女から事情を聞いてアリバイを確認しなくては」
面倒だといわんばかりの声色でそう告げたアデリアだが、クーデルスは一瞬呼吸を止めた。
クーデルスの前髪と眼鏡の向こうにある目がスッと細められたのが、見えもしないのに気配だけでありありと感じられる。
アデリアとダーテンが本能的に
「なぜ? その必要は無いでしょう」
あまりにも意外な台詞に、アデリアは思わず息を呑む。
何を言ってらっしゃるの?
せっかく入った新たな手がかりを、この男はみすみす見逃せというのかしら?
「な言っている意味がわかりませんわ。 むしろ絶対に必要でしょう!」
声を荒げるアデリアだが、クーデルスはそんな彼女に向かってボソリと呟く。
「呆れましたね、アデリアさん」
その言葉が響いたとき、アデリアの体は麻痺の呪詛でも喰らったかのように凍りついた。
なぜなら、クーデルスが告げた言葉の意味は一つ。
――私は、正解へと続く道を間違えた!?
だが、いったいどこで? なにを?
わからない。
わからない! わからない! わからない! わからない! わからない! わからない! わからない! わからない!!
背中に汗をかきつつ、石像にされたかのように体を強張らせながら自問する彼女に、クーデルスは子供に言い含めるかのような声で問いかける。
「お伺いしますが、代官を殺した方法は見つかったのですか?
しかも、腕力も知識も魔力も無い村長が出来るという条件つきで」
「そ、それは……」
たしかに、何をどうやったらあのような殺し方が出来るのか、彼女にはまったく手がかりが無い。
「どうやら、貴女は最初からこの事件を読み違えたようですね。
まぁ、私はそれでかまわないんですけど。 むしろ好都合ですし」
「え……、最初から? 何を、私は何を間違えたんですか!?」
クーデルスの言葉に、アデリアは愕然とした顔ですがりつく。
だが、そんな彼女に、クーデルスはいつものように優しい声で、だが断固とした意思をこめながらこう告げた。
「何度も言っているでしょう? あれは……事故なんですよ。
貴女ならもしかして真実にたどり着くかもしれないと思いましたが、まだ少し荷が重かったということですね。
今この時点で真相がわからないなら、探偵ごっこはここまでにしなさい」
「……そんなぁ」
ガックリとうなだれて、アデリアは花がしおれるような動きでペタンと椅子に腰を下ろす。
その後ろで、しばらく考え込んでいたダーテンがアッと叫びそうな顔で目を見開き、恨みがましい目を向けながら口をパクパクさせていたが、クーデルスは片目を閉じて黙っていろと合図を送った。
「いいですか、アデリアさん。 真実を追究する以前にの話をします。
貴女たちが村長に話を聞いて、彼女が代官を恨んでいたと告白したとしましょう。
それで、何になるんです? 彼女は犯人なんかじゃないのに」
「でも、真実にたどり着くには……」
幼子を叱るようなクーデルスのまなざしを受けて、アデリアの声はどんどん小さくなり、やがて風にさらされた蝋燭の明かりのようにその願いが吹き消される。
後に残るのは、未練という名の煤交じりの黒い煙だけ。
「では、何と聞くのです?
今ならばちょうど子供たちと一緒にいることでしょう。
子供たちをのけ者にしようとも、彼らはこっそりと聞き耳を立てるでしょうね。
なにせ、やんちゃ盛りの男の子しかいませんから。
それで、子供達の耳がある場所で貴女は、こう聞くわけですよ」
クーデルスは優しく、だが速やかにアデリアの罪をつまびらかにした。
「貴女は代官に陵辱され、子供を生みましたね。
下の子供の父親は、あの悪逆非道の代官だという事はもうわかっています。
貴女は、その子供の父親を心から憎んでいた。
その子供の父親である代官を、母親である貴方が殺しましたね……と?」
それが、どれほど残酷なことか?
さすがにそれがわからないアデリアではない。
先ほどよりもさらに多い汗を背中に描きながら、アデリアは震えそうな自分の肩を抱きしめた。
「貴女の好奇心を満たすために、貴女は真実と言う大義名分を振りかざす。
それで誰が不幸になろうとお構い無しですか?」
「そんなつもりはありません!」
叫びながら立ち上がったアデリアだが、その肩をダーテンの大きな手が包んだ。
「やめようぜ、アデリア。
兄貴の言うとおりだ。 たぶん、俺達がこれ以上何かを知ろうとすれば、村長のやっと塞がりかけた心の傷口をえぐることにしかならねぇよ」
「そ、そんな事、もうわかっていましてよ!」
優しい声で語りかけるダーテンの手を振り払い、アデリアは八つ当たり気味な視線と台詞を返した。
そんな理不尽な振る舞いを受けたにもかかわらず、ダーテンは貴公子然としたその顔にただ苦笑いを浮かべる。
そして、すっかりむくれてしまったアデリアを諭すように、クーデルスは優しく命令を下した。
「ならば、私がもうやめなさいといった意味はもうわかりますね?
アデリアさん。 貴女は探偵でもなければ推理小説の主人公でもないのです。
――真実を知る人よりも、優しい人でありなさい」
そう、ここが引き際なのだ。
真実を追究するのは、彼女の職務ではない。
「……心得ました。 団長」
未だに納得しきれないといった目をしてはいるものの、彼女はその真実を受け入れた。
すると、クーデルスはパンと手を打ち合わせ、口調を事務的なものに切り替えつつ、こう告げたのである。
「さて、ダーテンさんはそろそろアデリアさんを送っていってあげなさい。
明日には調査官もくるでしょうから、忙しくなりますよ?」
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